余りの早さに、このままこの関係を続けて行きたいという希望を伝えているだけなのだと思ったけれど、でもそれは文字通り本当の求婚だった。
彼はとにかく私に尽くしてくれていた。
会った時には必ず高価な贈り物をくれたし、最高の場所へエスコートしてくれて最高の時間を与えてくれた。
それがプロポーズするきっかけの一つになったらしい。
『世間的には多分贈与って形に判断されるんじゃないかな。このままだとこの先申告関係でちょっと大変な事になるかもしれないから。君が』
今から余計な頭を使って色々変に対策したりするより、もう籍を入れた方が楽だよ、と、申し込まれると言うより促される様なプロポーズだったと思う。
不思議な説得力に、私は無自覚のまま自然な流れでそれを受け入れていた。
彼と過ごしていた時間が居心地悪くなかったというのもある。
何より、直感が働いたのだ。彼となら上手くいきそうだと。
とても合いそうなの、と言った母親の言葉と予感は、本当に当たっていた。
「いくら何でも短すぎたでしょ。結婚まで」
とにかく、この結婚はスピードが尋常ではなかった。
どうして彼はそこまで――それこそ出逢ってまだ数回足らずの相手に高額なプレゼントをするまで――自分の事を評価してくれたのか。
理由が分からない。
私は彼に体を預けたまま、いつもよりも深く掘り下げて訊いてみる。
今更な問いかもしれないけれど、いつかは答えが欲しいと思っていた。
今日はいいきっかけが出来ている。
この機会を逃したら、きっとまた暫くの間、悶々としたものを抱えそうだ。
「ん-、まあ確かに期間は短かったけど。でも、上手くいくんじゃないかなって思ったんだよね、何となく」
彼がぽつぽつと語り出していく。
真剣な表情とは裏腹に、内容はかなりアバウトだ。一番知りたい部分をまだぼかされている気がする。
「何となくって……」
仮にも大企業の重要人物が、そんな簡単に一生を決める問題を決めていいのか。
私が相手だったからよかったものの、受け取った人によってはものすごく傷つくし、失礼な言葉になってしまうのではないだろうか。
まあ、結婚なんて企業とは関係ないと言えば関係ない個人的な事であるのは否めないし、彼の性格を把握していればこれが決して悪気のある言葉ではないと理解は可能だろうけれども。
「あとは、一緒に居て楽だったとか。変に気を使わなくて良かったし。――だって初めて会った時、萌は俺に興味がなかったでしょ?」
どうやら、見抜かれていたらしい。
だからと言ってはいそうですと肯定する事も誠意に欠けるので私は口を閉ざしてやり過ごそうとしたけれど、でもそれははぼ肯定したのと同じだった。
そんな私を見て、彼はこらえきれない様に吹き出して笑みを零す。
「『このお見合い、両親に言われてとりあえず来てみました』って思いっきり顔に書いてあった」
出逢った時の事を一つ一つ思い出しながら、懐かしむように彼は言葉を続けた。
――否定出来ない。
一応、表には出ない様に自分なりに取りつくろいはしていたつもりだったけれどやはり本質は隠せて無かったようだ。
そこまで彼に真剣に気に入られようとかそういう思いは無かったので、それも仕方がないかもしれない。
「俺もそうだったんだけど、でもそんな対応で来られた経験が今まで無かったから。それで新鮮だったってのもあるかもしれない。周りから来られるのにはちょっと疲れてた」
ある意味傲慢とも取れる言葉を彼は平然と告げた。
確かに彼ほど条件が揃った人間は滅多にいないだろう。気苦労はあったのかもしれない。
だけどそんな映画や漫画の世界であるような設定や理由を述べられても、釈然としない物が残る。
「……適当に接して良いから選んだっていわれてるみたい」
もしかしたら、相手が誰であれ結婚と言うのは彼にとって枷でしかなかったのだろうか。
「それは違う」
柔かい口調こそ変わらなかったけれど、即座の否定の言葉が飛んできた。
「あくまでそれは興味を持ったきっかけ。萌が好きだから萌と結婚した、それだけだよ。他に理由なんて無い」
結局、話は振り出しだ。何だか、うまくはぐらかされてしまった気がする。
彼はそんなつもりないんだろうけど。
「だから、それは本当に俺が萌の事を好きって事なんじゃない?」
彼の理論で言うと、そうなってしまうらしい。
こういう事を、彼は臆面もなく言う。
私はふう、と一つ息をついた。
私が満足できる答えは引き出せそうにない。
もっと同じ立場で、彼と会話が出来る様になりたい。
コミュニケーション力をもっと上げる必要がやっぱりあるかもしれないと、私は思った。
「あ、そうそう。ちょっと買って来たものがあるんだった」
言い残して、彼は立ち上がって仕事部屋へと戻っていく。
暫くの間一人にされて、戻ってきた彼の手には、小さな紙袋が握られていた。
緑色の、見覚えがあるパッケージ。
「はい」
とん、と彼が私の太ももの上にそれを置く。
「……これって」
これは、もしかしたら。
予感と期待が混ざった感情で、私は渡された袋を開封する。
それはアイバリッシュの袋。
「最近、仕事ばかりだったから。罪滅ぼし」
姿を現したその中身は、間違いなく今日の昼手に入れ損ねていたガレットだった。
他にもクッキー、フィナンシェ、ダックワーズ、マカロン。
ありとあらゆる焼き菓子がぎっしりと沢山。
タイムリーすぎた差し入れに、私は数秒間、言葉を失う。
「……これ、今日外出た時に買いそびれてた」
――食べたかったの。
ようやく絞り出せたありがとうのかわりとなる答えに、彼は満足そうにそれは良かった、っと答えて、私の横に座りなおした。
「何で分かったの?」
衝撃が大きすぎて、まだ頭が付いて行かない。
「さあ。たまたまだよ」
多分、本当に偶然そうなってしまっただけだったのだろう。
だけどこんな事って本当にあるのだろうか。
どこまでも彼は私の欲しがっている物を、与えてくれる。
ガレットを一つ手に取って袋を切って、私はそれを口に運んだ。
ほろほろとした風味の良いバターの食感が、口に溶けていく。
「幸せそう」
まさにそうだった気持ちを見事に彼に表現されて、私はまた少しだけ恥ずかしくなった。
お見合いの時の第一印象の事といい、そんなに自分は分かりやすいのだろうか。
今まで誰にも指摘されなかったし、そんな事は無いと自分では思うのだけれど。
無言のまま、私は静かにガレットを口に運ぶ。
「食べないの?」
自分だけ食べている姿を見られると言うのがいたたまれなくて彼に尋ねたけれど、お土産に買って来たからいいよ、と拒否されてしまった為、仕方なくそのまま一人で手の中のガレットを食べ切る。
美味しかった、ありがとう、と言葉を紡ごうとした口に、彼の唇が降りて来た。
「……ルール違反って、言ってるのに。やめて」
私は今日二度目のクレームをつける。
「それは帰ってすぐのがじゃないの?」
拒否の言葉を拒否されて、またキスをされそうになって、私は顔を逸らした。
もちろんそれが許される訳は無くて、彼の手は私の頬を包み込んで、動きを封じ込める。
視線がかち合った。
そしてゆっくりとまた、彼は私の唇を奪う。
深く、長く。
「……ん、俊さん……っ」
止みそうにない攻勢に身を捩って逃れようとする私に、彼はソファーの端を指で示して来た。
突然の行動に意味が理解できなかったけれど、とにかく一時的にでもこの彼の欲求の渦から逃れられると私は彼に誘導されるまま視線を送る。
(……あ)
すっかり忘れていた。
そこには、宅急便で届いたサプリと――私が今日外出で手に入れて来たバッグの入った袋。
すぐに、彼の罠にかかってしまったのだと気付く。
「そのお礼のキスはもう、した」
そう、彼が帰って来て申告をしたあの時に、したはず。
理由を付けて反論しようとした私に、彼は目を丸くして、そして微笑んだ。
「――あれはお疲れ様のキスだろう?」
なまめかしく美しい、極上の笑顔で平然と言われた言葉に、今度は私が目を丸くする。
そう言われてしまえば、そう思えなくもないかもしれない。
彼が帰宅した時の事を思い出す。
私には明確に記憶が無いから本当にそうだったか彼を責める事も出来ないけれど、でもきっとあの時交わした言葉も彼の方はきっと覚えている。
多分彼の言い分が抜け目なく通ってしまう状況だったのだろうなと、諦るしかもう道は無かった。
すっかり観念した私の唇を、男性らしい厚みのある彼の指がつうっとなぞる。
頂点を親指でとんとん、と二回タップして、彼の顔が接近してきて――今日、一番深い口づけが交わされた。
回らなくなってきた頭の片隅で、明日の朝はやりたい事はあったかなとか、ちゃんと起きれるかなとか、そんな事を考えたけど、直ぐにどうでも良くなった。
今はただ、この心地いい幸せの波に吞まれていればいい。
この先の事も、周囲からの目も、何も気にしなくていい。そんなもの、きっと彼が何とかしてくれる。
唯一今、私が気にしなければいけない事があるとするならば、それはキッシュの事だけだ。
(料理、しなきゃ)
大変と言えば大変。面倒と言えば面倒。――でも、嫌な気はしない。
嫌な気がしない自分も、嫌じゃない。
こうやって世の女性達は男性に絆されていくのだろうか。
多分、彼は私にとっては太陽なのだ。北風と太陽の、太陽。
(そうだ)
ふと私は思い立った。
キッシュには、ベーコンとポテトを入れてあげよう。彼がいつも好んで食べているから。
たっぷり入れて、特別に味付けも彼好みに濃くして、美味しくして。
最高の誕生日にしてあげよう。彼の微笑みが見れるように。
ひっそりと心の中で決めながら私は目を閉じ、逃れられそうにない彼の甘い監獄の中に身を委ね続けた。
fin
彼はとにかく私に尽くしてくれていた。
会った時には必ず高価な贈り物をくれたし、最高の場所へエスコートしてくれて最高の時間を与えてくれた。
それがプロポーズするきっかけの一つになったらしい。
『世間的には多分贈与って形に判断されるんじゃないかな。このままだとこの先申告関係でちょっと大変な事になるかもしれないから。君が』
今から余計な頭を使って色々変に対策したりするより、もう籍を入れた方が楽だよ、と、申し込まれると言うより促される様なプロポーズだったと思う。
不思議な説得力に、私は無自覚のまま自然な流れでそれを受け入れていた。
彼と過ごしていた時間が居心地悪くなかったというのもある。
何より、直感が働いたのだ。彼となら上手くいきそうだと。
とても合いそうなの、と言った母親の言葉と予感は、本当に当たっていた。
「いくら何でも短すぎたでしょ。結婚まで」
とにかく、この結婚はスピードが尋常ではなかった。
どうして彼はそこまで――それこそ出逢ってまだ数回足らずの相手に高額なプレゼントをするまで――自分の事を評価してくれたのか。
理由が分からない。
私は彼に体を預けたまま、いつもよりも深く掘り下げて訊いてみる。
今更な問いかもしれないけれど、いつかは答えが欲しいと思っていた。
今日はいいきっかけが出来ている。
この機会を逃したら、きっとまた暫くの間、悶々としたものを抱えそうだ。
「ん-、まあ確かに期間は短かったけど。でも、上手くいくんじゃないかなって思ったんだよね、何となく」
彼がぽつぽつと語り出していく。
真剣な表情とは裏腹に、内容はかなりアバウトだ。一番知りたい部分をまだぼかされている気がする。
「何となくって……」
仮にも大企業の重要人物が、そんな簡単に一生を決める問題を決めていいのか。
私が相手だったからよかったものの、受け取った人によってはものすごく傷つくし、失礼な言葉になってしまうのではないだろうか。
まあ、結婚なんて企業とは関係ないと言えば関係ない個人的な事であるのは否めないし、彼の性格を把握していればこれが決して悪気のある言葉ではないと理解は可能だろうけれども。
「あとは、一緒に居て楽だったとか。変に気を使わなくて良かったし。――だって初めて会った時、萌は俺に興味がなかったでしょ?」
どうやら、見抜かれていたらしい。
だからと言ってはいそうですと肯定する事も誠意に欠けるので私は口を閉ざしてやり過ごそうとしたけれど、でもそれははぼ肯定したのと同じだった。
そんな私を見て、彼はこらえきれない様に吹き出して笑みを零す。
「『このお見合い、両親に言われてとりあえず来てみました』って思いっきり顔に書いてあった」
出逢った時の事を一つ一つ思い出しながら、懐かしむように彼は言葉を続けた。
――否定出来ない。
一応、表には出ない様に自分なりに取りつくろいはしていたつもりだったけれどやはり本質は隠せて無かったようだ。
そこまで彼に真剣に気に入られようとかそういう思いは無かったので、それも仕方がないかもしれない。
「俺もそうだったんだけど、でもそんな対応で来られた経験が今まで無かったから。それで新鮮だったってのもあるかもしれない。周りから来られるのにはちょっと疲れてた」
ある意味傲慢とも取れる言葉を彼は平然と告げた。
確かに彼ほど条件が揃った人間は滅多にいないだろう。気苦労はあったのかもしれない。
だけどそんな映画や漫画の世界であるような設定や理由を述べられても、釈然としない物が残る。
「……適当に接して良いから選んだっていわれてるみたい」
もしかしたら、相手が誰であれ結婚と言うのは彼にとって枷でしかなかったのだろうか。
「それは違う」
柔かい口調こそ変わらなかったけれど、即座の否定の言葉が飛んできた。
「あくまでそれは興味を持ったきっかけ。萌が好きだから萌と結婚した、それだけだよ。他に理由なんて無い」
結局、話は振り出しだ。何だか、うまくはぐらかされてしまった気がする。
彼はそんなつもりないんだろうけど。
「だから、それは本当に俺が萌の事を好きって事なんじゃない?」
彼の理論で言うと、そうなってしまうらしい。
こういう事を、彼は臆面もなく言う。
私はふう、と一つ息をついた。
私が満足できる答えは引き出せそうにない。
もっと同じ立場で、彼と会話が出来る様になりたい。
コミュニケーション力をもっと上げる必要がやっぱりあるかもしれないと、私は思った。
「あ、そうそう。ちょっと買って来たものがあるんだった」
言い残して、彼は立ち上がって仕事部屋へと戻っていく。
暫くの間一人にされて、戻ってきた彼の手には、小さな紙袋が握られていた。
緑色の、見覚えがあるパッケージ。
「はい」
とん、と彼が私の太ももの上にそれを置く。
「……これって」
これは、もしかしたら。
予感と期待が混ざった感情で、私は渡された袋を開封する。
それはアイバリッシュの袋。
「最近、仕事ばかりだったから。罪滅ぼし」
姿を現したその中身は、間違いなく今日の昼手に入れ損ねていたガレットだった。
他にもクッキー、フィナンシェ、ダックワーズ、マカロン。
ありとあらゆる焼き菓子がぎっしりと沢山。
タイムリーすぎた差し入れに、私は数秒間、言葉を失う。
「……これ、今日外出た時に買いそびれてた」
――食べたかったの。
ようやく絞り出せたありがとうのかわりとなる答えに、彼は満足そうにそれは良かった、っと答えて、私の横に座りなおした。
「何で分かったの?」
衝撃が大きすぎて、まだ頭が付いて行かない。
「さあ。たまたまだよ」
多分、本当に偶然そうなってしまっただけだったのだろう。
だけどこんな事って本当にあるのだろうか。
どこまでも彼は私の欲しがっている物を、与えてくれる。
ガレットを一つ手に取って袋を切って、私はそれを口に運んだ。
ほろほろとした風味の良いバターの食感が、口に溶けていく。
「幸せそう」
まさにそうだった気持ちを見事に彼に表現されて、私はまた少しだけ恥ずかしくなった。
お見合いの時の第一印象の事といい、そんなに自分は分かりやすいのだろうか。
今まで誰にも指摘されなかったし、そんな事は無いと自分では思うのだけれど。
無言のまま、私は静かにガレットを口に運ぶ。
「食べないの?」
自分だけ食べている姿を見られると言うのがいたたまれなくて彼に尋ねたけれど、お土産に買って来たからいいよ、と拒否されてしまった為、仕方なくそのまま一人で手の中のガレットを食べ切る。
美味しかった、ありがとう、と言葉を紡ごうとした口に、彼の唇が降りて来た。
「……ルール違反って、言ってるのに。やめて」
私は今日二度目のクレームをつける。
「それは帰ってすぐのがじゃないの?」
拒否の言葉を拒否されて、またキスをされそうになって、私は顔を逸らした。
もちろんそれが許される訳は無くて、彼の手は私の頬を包み込んで、動きを封じ込める。
視線がかち合った。
そしてゆっくりとまた、彼は私の唇を奪う。
深く、長く。
「……ん、俊さん……っ」
止みそうにない攻勢に身を捩って逃れようとする私に、彼はソファーの端を指で示して来た。
突然の行動に意味が理解できなかったけれど、とにかく一時的にでもこの彼の欲求の渦から逃れられると私は彼に誘導されるまま視線を送る。
(……あ)
すっかり忘れていた。
そこには、宅急便で届いたサプリと――私が今日外出で手に入れて来たバッグの入った袋。
すぐに、彼の罠にかかってしまったのだと気付く。
「そのお礼のキスはもう、した」
そう、彼が帰って来て申告をしたあの時に、したはず。
理由を付けて反論しようとした私に、彼は目を丸くして、そして微笑んだ。
「――あれはお疲れ様のキスだろう?」
なまめかしく美しい、極上の笑顔で平然と言われた言葉に、今度は私が目を丸くする。
そう言われてしまえば、そう思えなくもないかもしれない。
彼が帰宅した時の事を思い出す。
私には明確に記憶が無いから本当にそうだったか彼を責める事も出来ないけれど、でもきっとあの時交わした言葉も彼の方はきっと覚えている。
多分彼の言い分が抜け目なく通ってしまう状況だったのだろうなと、諦るしかもう道は無かった。
すっかり観念した私の唇を、男性らしい厚みのある彼の指がつうっとなぞる。
頂点を親指でとんとん、と二回タップして、彼の顔が接近してきて――今日、一番深い口づけが交わされた。
回らなくなってきた頭の片隅で、明日の朝はやりたい事はあったかなとか、ちゃんと起きれるかなとか、そんな事を考えたけど、直ぐにどうでも良くなった。
今はただ、この心地いい幸せの波に吞まれていればいい。
この先の事も、周囲からの目も、何も気にしなくていい。そんなもの、きっと彼が何とかしてくれる。
唯一今、私が気にしなければいけない事があるとするならば、それはキッシュの事だけだ。
(料理、しなきゃ)
大変と言えば大変。面倒と言えば面倒。――でも、嫌な気はしない。
嫌な気がしない自分も、嫌じゃない。
こうやって世の女性達は男性に絆されていくのだろうか。
多分、彼は私にとっては太陽なのだ。北風と太陽の、太陽。
(そうだ)
ふと私は思い立った。
キッシュには、ベーコンとポテトを入れてあげよう。彼がいつも好んで食べているから。
たっぷり入れて、特別に味付けも彼好みに濃くして、美味しくして。
最高の誕生日にしてあげよう。彼の微笑みが見れるように。
ひっそりと心の中で決めながら私は目を閉じ、逃れられそうにない彼の甘い監獄の中に身を委ね続けた。
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