櫂は助けられなかった命に傷つきながら、それでも懸命に前を向いて、その時自分にできる最大限の力で患者に向き合っている。
救急医という仕事に誇りと責任を持つ彼だからこそ、紬を生む選択をした千咲に頭を下げてくれたのだ。
その優しさと強さを眩しく思い、尊敬と憧れの念を強くしたのと同時に、あの一夜以降、堅く封印したはずの恋心が一気に押し寄せてくる。
自暴自棄になっていた千咲はあの一夜に心を救われ、見ていただけの頃よりもさらに彼を好きになった。
とはいえ、すぐに櫂と家族になれるかといえば、そうではない。
母親となった時から、自分以上に紬のことを優先して生きてきた。千咲自身の恋心よりも、紬が幸せになれるかどうかを見極めなくてはならない。
櫂が父親であるのは間違いないのだから、彼が望むのなら、自由に紬に会う権利がある。
既婚者だと決めつけて必死に忘れようとしたけれど、そうでないとわかった今、これからどうするかを決めるために千咲も櫂に向き合わなくては。
(そのためにも、櫂さんとの時間は必要だよね)
誰にともなく心の中で言い訳すると、櫂からのメッセージに返信するため、千咲は正座してスマホを握りしめたのだった。



