それだけではないだろうと確信を持っている沖田に先を促され、櫂は渋々口を開いた。
「⋯⋯俺は好意を持っていたが、向こうはどうだろうな」
徐々に千咲への恋心を募らせていったものの、アプローチしようにも知っているのはネームプレートにある名前と所属している消防署のみ。顔を合わせるのは命の現場で、当然ながら口説いている時間などない。
まったく進展がないまま半年ほど過ぎたある日、櫂は行きつけのバーで酒を呷る彼女を見つけた。
部屋着のような格好にノーメイク、お世辞にもオシャレとは言えないようなひとつに縛っただけのヘアスタイル。目元は薄っすらと赤みを帯び、泣いたのか、泣くのを我慢しているのか、櫂の庇護欲を大いに刺激した。
いつもの凛とした百合の花のような彼女とは違い、物憂げに俯いてグラスを持つ千咲は、着飾っていないにもかかわらず妙な色気を醸している。その証拠に、バーにいた多くの男たちの目を惹きつけていた。
マスターが睨みを利かせているため邪な思惑を持っている人間が近づくことはなかったようだが、ひとりで飲み続けるのは色々な意味で危険だ。



