駆け寄ってきた櫂は、余裕のない必死な表情をしている。
「⋯⋯須藤先生」
ぽつりと彼を呼ぶと、櫂は切なげに眉を寄せた。
「もう、名前では呼んでくれないんだな」
小さすぎる呟きは、千咲の耳にしっかりと届いた。
(名前でなんて、呼べるはずないじゃない)
そこから沈黙が続き、耐えかねた千咲は自分から口火を切った。
「あの、先週はありがとうございました。今、糸井さんのお見舞いに行ってきたんです」
「あ、あぁ。一度CPAしたけど、すぐに脈が戻ったのが幸いだった。きっと後遺症も残らないだろう」
「よかったです。じゃあ、あの、用が済んだので私はこれで⋯⋯」
長々と会話をするつもりはない。自分から言葉を発したのは、最低限の会話だけしてこの場から逃げ出したかったからだ。



