千咲は櫂の腕から抜け出した。わんわん泣いてしまった手前、恥ずかしくて顔が見られない。
そんな千咲に呆れることなく、櫂は「少しはすっきりしたかな」と微笑んだ。
正直に言えば、まだ後悔は胸に残っている。忌引き休暇と有給を足して二週間ほど休みをもらっているけれど、救命士として復帰できるほど気持ちを立て直せるかはわからない。
それでも、今の千咲を丸ごと受け止めてくれた櫂の心遣いが全身に沁み渡り、ひとりでバーで飲んでいたときよりも格段に気持ちが楽になった。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして、本当にすみません」
「迷惑なんかじゃないよ。最初に言ったろ、下心がないわけじゃないって」
「せ、先生⋯⋯?」
「ひたむきに仕事に励む君を見て、俺も頑張らないとってやる気をもらってたんだ。それだけじゃない。俺はずっと、君に惹かれてた」
ストレートに伝わってくる感情に、鼓動が大きく高鳴りだす。



