「私、櫂さんに怒られたことがあるんです。指示を待つだけじゃなく自分から動けって」
「え? ごめん、覚えてない。自分の後輩でもないのに、そんな偉そうなことを言ったのか」
驚き、バツが悪そうな顔をする彼に、千咲はクスッと笑った。
「働き初めてすぐの頃なので、もう何年も前の話です。でも、櫂さんの言葉がずっと私の働く上での指標になっていました」
苦しむ傷病者の元に一秒でも早く駆けつけ、不安を取り除き、適切な処置をして病院へと搬送する。
命の現場では、新人もベテランも関係ない。自分の頭で考えて、最善を尽くすために動く。
千咲は櫂の言葉を胸に、ずっと救命の最前線で働いてきた。
「だからこそ、今の私には救急車に乗れないと感じて事務に異動しました。祖母を亡くして二年が経つのに、まだ前に進めていないんです」
祖母は千咲の勤務中に、脳梗塞で倒れた。
前日から軽い頭痛がすると言っていたのに、『大丈夫よ、酷くなったら自分で病院へ行くから』という言葉を鵜呑みにしてしまった。



