魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 エメラは突然、クルスに向かって謝罪するかのように深く頭を下げた。

「クルスさん。わたくしを愛して下さって、ありがとうございました。申し訳ありませんが、わたくしはアディ様と幸せになります。今後はどうぞ、無茶をなさらずにご自愛下さいませ」

 これがクルスへの答え。やっと伝えられたエメラの気持ちと願い。
 クルスにはもう、無茶をして命を削る行為や罪を重ねてほしくはない。

 クルスは顔を伏せて目頭を押さえている。エメラの優しさも思いやりも、全てが切ない痛みとなってクルスの心に刺さる。
 かつてのエメラのように今度はクルスが、まだ捨てきれない恋心に苦しむ。

「……罪人の僕に、感謝も謝罪も気遣いも……恐れ多いです」

(……だから、あなたを愛してしまうんですよ……)

 伏せたクルスの目は涙で溢れている。
 なぜ自分が罪を犯すほどにエメラを愛したのか、その本当の答えも今知ったような気がした。

「僕はこの恋を後悔していません。エメラ様のおかげで、僕はここまで強くなれたのですから」
「クルスさん……」

 クルスにとってエメラの存在は罪ではなく、生きる力と強さを与えてくれた人であるから。それはまさに、エメラにとってのディアの存在と同じ。

 本当の気持ちを伝え合った二人は、ようやく本当の笑顔で笑い合えるようになった。

 もしかしたらアディは、エメラとクルスを二人きりにさせてあげるために、わざと退室したのかもしれない。
 しばらくすると、アディが執務室に戻ってきた。頃合いを見たのだろうか。

「さーて、仕事するかー」

 わざとらしい独り言と共に、アディはデスクの椅子に座った。すると、すぐにエメラの方を向いて呼び寄せる。

「エメ姉、ちょっと来て」
「はい」

 エメラがアディの椅子の横に立つと、エメラの腕を引っ張って無理やり自分の膝の上に座らせた。

「えっ? アディ様っ……」
「エメ姉は妊婦なんだからさ、立ち仕事は辛いでしょ。ここで座って仕事して」

 いや、膝の上で仕事はできない。アディは単にエメラとイチャつきたいだけである。そう、クルスに見せつけるために。
 ついには堂々とキスをしながらエメラの身体を触り始めた。

「……ん……、だめ、ですわ、アディ様……お仕事、なさいませんと……」
「仕事は新入りの側近に任せればいいよ。ねぇ、クルスくん。事務くらいなら出来るでしょ。そのための側近だもんね」

 クルスの目は据わっている。アディに対して秘める感情は憎悪や殺意に違いない。
 クルスにとっては、どうしてエメラがアディを愛したのかだけは、未だに解けない最大の疑問であった。

 やはり、アディはアディなのであった。