魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 アディはもう一度正面を向いてディアと顔を合わせると大きく頷く。
 そしてディアから離れて広場の中央に立つと、周囲の人々を見渡しながら声を張り上げる。

「皆の者! 我こそが、今ここに新たな王として即位した魔獣王アディだ! そして魔獣王として命じる! 罪人・クルスを捕らえよ!!」

 その命令を待っていたとばかりに、隠れていた兵たちが次々と広場の中央へと駆け出す。

「はい、魔獣王アディ様!!」
「仰せのままに!!」

 口々にアディへの忠誠を叫びながら、兵たちはクルスを包囲して捕らえると城へと連行していく。

 ようやくクルスとの戦いが終わって一息……と思って肩の力を抜いたアディの後ろから、エメラが飛びついてきた。

「アディ様っ……!!」
「う、わっ……! エメ姉!?」

 ふいうちで背後から抱きつかれたアディは前のめりになり、バランスを崩して倒れそうになった。
 なんとか持ちこたえて後ろを向くと、エメラが目を潤ませて見上げている。強気のエメラも、すっかり涙脆くなったようだ。

「素敵でした。アディ様……いえ、魔獣王アディ様」
「あー、なんか照れるね、それ。ふふ、惚れ直した?」
「はい、愛してます。キスしたいです。お約束通り今夜は熱く抱いて下さいませ」
「積極的なエメ姉もいいね」

 ついにエメラの愛までもが暴走状態。しかも、ここはまだ広場の真ん中。そして未だに大勢の城の者たちに見守られている状況。
 しかし二人を見守る者たちは全員、温かい目で新たな魔獣王と王妃を祝福しているようであった。まるで公開結婚式だ。
 しかし、結婚するにはまだクリアしていない『条件』がある事を忘れていない。

「あとはエメ姉が懐妊すればなぁ……よし、今夜は容赦しないよ。一瞬で身籠らせるからね」
「はい、承知致しました、身籠りますわ! ……って、えぇ!?」

 ノリツッコミしておいて、ようやく正気に戻って赤面するエメラであった。
 ……それに、そもそもアディが容赦した夜など一度もない。

「エメ姉、魔獣王アディが命令する。今夜、必ず懐妊せよ」
「もぅ、アディ様ったら……」

 やっぱり、魔獣王になってもアディはアディなのであった。

 そんな新たな王と王妃に魔獣界を託した先代の魔獣王・ディアは、静かに魔獣界を去って行った。

 魔界を目指して飛ぶ魔獣の姿のディアの背中が背負うのは哀愁ではなく、役目を終えた安堵、そして息子への期待と誇りに満ちていた。