魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 さらに、それだけではない。アディは今、この場で罪を裁くかのようにクルスを徹底的に追い詰める。

「あ、逃亡や復讐を企んでも無駄だからね。ついでに君の『魔力』も死なない程度に封印したから」

 もはやクルスは言い返す言葉も出ない。抵抗の意志すらも折れるほどに徹底的に逃げ道を塞がれた。
 充分な魔力がなければ当然、禁断の魔法は使えない。魔獣の姿になれなければ遠くへ逃げられない。
 首を垂れるクルスの前で、アディはわざとらしくニッコリと笑って顔を近付ける。

「魔力もなく、魔獣にもなれないクルスくんは、ただの人間だね」

 クルスは『魔獣』でありながら『魔』と『獣』の両方を封印された。それは魔獣が生きる上での最大の苦痛で屈辱と言える。

 死よりも重い裁きを与える魔法。それこそが魔獣王となるべき者だけが習得できる、最後の禁断の魔法。
 それ故に魔法書は存在せず、口頭でも伝えられない。ディアが魔力を伝達する事によって直接、アディの心と体に継承させた魔法である。

「僕の……負けですね。好きにして下さい。覚悟はできています」

 エメラを追って禁断の魔法に手を出し、罪を犯したクルスは、最初から命など惜しくはない。
 アディの後ろからクルスを見つめるエメラは、そんな彼の今までの覚悟を思うと胸が痛くなる。
 不思議とクルスを憎む気持ちはない。彼もまた、罪を背負いながらも愛を追い続けたのだから。
 それもまた、その愛に応えられない自身の罪悪感となる。

「……あの、アディ様。お願いしますわ、死刑だけは……」

 エメラがアディの背中に向けて言いかけた時。それよりも早く、いつの間にか側にいたディアがアディの横に立つ。

「アディは真の魔獣王です。今、それを示す時ですよ」
「父さん……」

 ふとアディが周囲を見回すと、城の者たちや兵が広場に出てアディたちを取り囲み、遠くから成り行きを見守っている。クルスによる記憶の操作が解けて正気に戻ったのだ。
 人々は不安そうに、しかし何かを待つように静まり返っている。
 皆が注目するのは、かつての魔獣王であるディアではなく、罪人のクルスでもない。
 新たな魔獣王・アディだ。