魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 少し離れた場所から見ていたエメラも、いつもと違うアディの背中を見て息を呑む。
 そこにはディアと同じ、魔獣王としての強さと本質が見えた。

 アディはクルスの正面まで駆け寄るとジャンプして、鼻先あたりで両手を突き出して構える。

「クルスくん、教えてあげるよ。『封印』の魔法の、もう1つの使い方を」

 封印の魔法は、物理的に人や物を封印するだけではなく様々な使い方がある。
 それは『記憶の封印』や『動きを封じる』効果など。
 そして、さらにもう1つ。それこそが、ディアがアディに伝授した魔法。

 魔獣のクルスは当然、アディの言葉など理解していない。目の前のアディに食らいつこうとして口を大きく開ける。
 肉食獣の鋭利な牙が剥き出しになり、今まさに捕食しようと襲い掛かる。

「これが、僕が父さんから受け継いだ魔法だ!!」

 アディは両手に魔力を限界まで溜めてから、一気にクルスの顔面に向けて放った。
 クルスの鼻先から広がるようにして魔力の膜が包み込み、魔獣の巨体の全身を覆っていく。
 それを見ていたエメラは、それが封印の魔法である事だけは分かった。だが、これは初めて見る使い方だ。

(封印の魔法を……クルスさんの体に?)

 魔力の光に包まれたクルスの体は収縮していき、やがて人の姿になると光も収まった。
 クルスはガクッと膝を突いて地面に座り込む。

「こ、これは……どういう事だ……?」

 クルス自身にも何が起こったのか分からない。体に力が入らず思うように動かないので、魔力は欠乏したままだと分かる。
 自分で変身魔法を使った訳ではないのに、確かに人の姿になっている。
 その答えが出る間もなく、クルスの目の前にアディが立って冷たく見下ろす。
 ハッとしてクルスは顔を上げる。

「アディ……あなたが僕に変身魔法を?」
「だから呼び捨てにするなよ。分からないの? 変身魔法じゃない、封印魔法だよ」

 遠くから様子を見ていたエメラは二人に近付くと、アディの少し後ろで足を止めて会話を聞く。
 エメラにも何が起こったのか分からない。ディアは動かずにアディを見守り続けている。
 アディは腕を組んで堂々と構える。もうクルスを攻撃する必要はないからだ。

「君の『魔獣の姿』を封印した。君はもう魔獣の姿には戻れないよ。僕が封印を解かない限りはね」
「なんだと……!?」

 魔界の魔法書を盗み出し、禁断の魔法を全て習得したクルスでさえ知らなかった、封印の魔法の隠された使い方。
 これでもう魔力が尽きようと魔獣の姿には戻れないし、暴走する恐れもない。