魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 アディの魔獣の姿を目にしたエメラは、心で感嘆の声を上げる。

(アディ様……)

 ベルベットのような光沢の黒毛を煌めかせて、知性と理性を持ち合わせた落ち着きのある月のような瞳。
 本来はクルスのように獰猛で野生的であるはずの魔獣だが、王族のアディは魔獣の姿でも別格の気品を放っている。

 思わず呼吸を忘れるほどに、その美しいアディの姿に見とれてしまう。
 それはエメラだけではない。遠巻きに様子を見ている城の者たち全ての目を奪った。
 エメラに同調するように、人々からも感嘆の声が続いていく。

「あれが、アディ様の魔獣のお姿……」
「なんとお美しい……」

 アディは普段、ほとんど魔獣の姿に変身する事はない。
 だが、エメラだけは知っている。アディの魔獣の姿が、誰よりも気高く美しい事を。
 ずっと側で寄り添っていたエメラだからこそ、その毛並みに触れた時の感触も、埋もれた時の温かさも、包まれた時の心地よさも知っている。

 同種族である魔獣のアディと対峙したクルスは一瞬怯んだように見えたが、すぐに攻撃的な目を向ける。
 しかし何を思ったのか、アディは何もせずに、すぐに人の姿に戻ってしまった。

「やっぱりやめた。魔獣の姿って不便なんだよね。しゃべれないし」

 そんなアディに向かって、魔獣のクルスは突進しながら鋭い爪を振り下ろす。
 魔獣と悪魔の混血であるアディは、背中に悪魔特有のコウモリの羽根を出現させる。
 垂直に飛び上がって攻撃を避けると、クルスの巨体よりも高い空中で留まる。そこでアディは考えた。

「うーん、でも、どうしようかね……」

 魔獣の姿で応戦すれば、クルスの命まで奪ってしまう危険性がある。だから人の姿に戻ったのだ。
 アディとしては息の根を止めてやっても構わないのだが、さすがにエメラとディアが見てる前だし、次期魔獣王としての立場もある。
 暴走状態のクルスを生かしたまま捕らえるには、どうしたら良いものかと考える。