魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 エメラは顔を上げるが、アディの表情は見えない。その背中に向かって力強く言葉を返す。

「それは違いますわ。魔獣王ディア様の存在こそが、わたくしに魔獣界を治める力を与えて下さるのです」

 記憶を失ったディアが、形だけの王として即位したと思われても仕方ない。
 それでも最強の魔獣王の存在が、エメラと魔獣界の民に生きる希望を与えているのだ。
 壇上の玉座の前に立ったアディは、階段の下のエメラを冷たく見下ろす。

「そんなに魔獣王がいいんだ。……なら、僕が魔獣王になる」
「……え?」

 突然の宣言に、エメラはすぐに言葉の意味を理解できない。

「聞こえなかった? 今から僕が魔獣王だよ」

 アディは前を向いたまま数歩後ろへ下がると、堂々と玉座に腰をかけた。
 王しか座る事を許されない、魔獣王の玉座に。

「アディ様、いけませんわ! その椅子は……」
「いいんだよ、僕が魔獣王なんだから」
「そ、そんな……」

 そんな勝手に、とはエメラは口に出せない。
 アディは魔獣王ディアの息子であり、魔獣界ではディアに次ぐ身分と権力、そして王位継承権を持つ。高校を卒業したアディは、年齢的にも問題なく王として即位できるのも確かだ。

「エメ姉は今から僕の側近だよ。これは王である僕の命令だ」

 玉座で腕と足を組むアディは、まるでエメラの反応を楽しんでいるようだ。

「……はい。承知致しました……わ……」

 アディが何を言おうとも、エメラは受け入れるしかない。エメラは権力者ではなく、ただの側近でしかないのだから。

「じゃ、次の命令。僕の前に来て」

 エメラは無言で、言われた通りに玉座までの階段をゆっくりと上る。

(アディ様は一体……どうされたのでしょうか)

 アディの嫉妬に気付かないエメラは、いつもと違う彼の挙動に困惑する。