だが実は、魔王はそこを考えている。
兵を連れて突撃すれば、それは戦争。魔王があくまで個人的なケンカのノリを貫いている理由は、国家どうしの争いにさせないためだ。
そんな魔王の心に気付かないエメラは、相変わらず困り顔で文句を言い続けている。
「それに、アディ様が人質なのです。もう少し考えて頂かないと……」
次々と畳み掛けてくるエメラに対して、魔王は腕を組んで真顔で答える。
「魔獣女。テメエは婚約者も信用できねぇのかよ」
「え……」
「あと、あのクルスってガキ。どこかで見た事がある顔だと思ったが、昔の犯罪者だ」
「犯罪者?」
魔王が昔と言うからには、エメラがまだ魔獣界を治める前の頃の話だと思われる。そうであればディアも知らない事だ。
「アイツは魔界に侵入し禁書を盗み出した。追放の刑にしたが、すっかり忘れてたぜ」
禁書を盗む事は犯罪な上に、禁断の魔法の乱用の恐れがある。しかしクルスは愛のためなら罪を犯す事など躊躇わなかったのだろう。
魔王は黒のマントを大げさに翻すと、エメラとディアに背中を向けた。
「だが、ケンカの相手が逃げたんじゃあ、つまらねえ。オレ様は帰るぜ」
魔王は背中に黒いコウモリの羽根を出現させた。普段は魔法で隠しているが、悪魔は背中にコウモリのような黒い羽根を持っている。
飛び立とうとする魔王の背中に向かってエメラは片手を伸ばし引き止めようとする。
「お待ち下さいませ! 魔獣界を、アディ様を放置なさるおつもりですか?」
魔獣界の結界を破壊しただけで帰るとは、どういう考えなのか理解できない。
魔王は振り向きもせずに背中で答える。
「知らねえよ、テメエらの世界だろ、自分で何とかしろ。ディア、あとは任せる」
ディアには魔王の思惑が分かるようで、何も言い返さずに静かに頷く。
「はい、魔王サマ。お任せ下さい」
ディアを魔獣界に残し、一人で魔界へと飛び去っていく魔王の姿を眺めながらエメラは気付いた。
魔王は最初から、ディアを魔獣界に送り届ける事が目的だったのだと。
「ディア様……」
「エメラさん、行きましょう」
「ですが、アディ様が……」
心配そうにディアを見つめるエメラだが、ディアは優しく微笑んだ。
アディのような爽やかな笑顔が、重い空気と感情すらも全て吹き飛ばしてくれる。
「大丈夫ですよ。私は魔獣王です。そしてアディは私の息子です」
かつて愛したディアの強さと優しさが、今もエメラの胸を熱くさせる。あの頃の恋心とは違うが、ディアは今も勇気を与えてくれる存在に変わりはない。
自分は一人ではない。アディも……今、こうしてディアもいる。
ディアは遠くに霞む魔獣界の城を真っ直ぐな瞳で見つめて意志を示す。
「私たちで魔獣界を取り戻しましょう」
ディアの言葉を受けたエメラも魔獣界の城の方を向き、進むべき道を真っ直ぐに見据える。その凛と輝く金の瞳には迷いも恐怖もない。
「はい。魔獣王ディア様」
兵を連れて突撃すれば、それは戦争。魔王があくまで個人的なケンカのノリを貫いている理由は、国家どうしの争いにさせないためだ。
そんな魔王の心に気付かないエメラは、相変わらず困り顔で文句を言い続けている。
「それに、アディ様が人質なのです。もう少し考えて頂かないと……」
次々と畳み掛けてくるエメラに対して、魔王は腕を組んで真顔で答える。
「魔獣女。テメエは婚約者も信用できねぇのかよ」
「え……」
「あと、あのクルスってガキ。どこかで見た事がある顔だと思ったが、昔の犯罪者だ」
「犯罪者?」
魔王が昔と言うからには、エメラがまだ魔獣界を治める前の頃の話だと思われる。そうであればディアも知らない事だ。
「アイツは魔界に侵入し禁書を盗み出した。追放の刑にしたが、すっかり忘れてたぜ」
禁書を盗む事は犯罪な上に、禁断の魔法の乱用の恐れがある。しかしクルスは愛のためなら罪を犯す事など躊躇わなかったのだろう。
魔王は黒のマントを大げさに翻すと、エメラとディアに背中を向けた。
「だが、ケンカの相手が逃げたんじゃあ、つまらねえ。オレ様は帰るぜ」
魔王は背中に黒いコウモリの羽根を出現させた。普段は魔法で隠しているが、悪魔は背中にコウモリのような黒い羽根を持っている。
飛び立とうとする魔王の背中に向かってエメラは片手を伸ばし引き止めようとする。
「お待ち下さいませ! 魔獣界を、アディ様を放置なさるおつもりですか?」
魔獣界の結界を破壊しただけで帰るとは、どういう考えなのか理解できない。
魔王は振り向きもせずに背中で答える。
「知らねえよ、テメエらの世界だろ、自分で何とかしろ。ディア、あとは任せる」
ディアには魔王の思惑が分かるようで、何も言い返さずに静かに頷く。
「はい、魔王サマ。お任せ下さい」
ディアを魔獣界に残し、一人で魔界へと飛び去っていく魔王の姿を眺めながらエメラは気付いた。
魔王は最初から、ディアを魔獣界に送り届ける事が目的だったのだと。
「ディア様……」
「エメラさん、行きましょう」
「ですが、アディ様が……」
心配そうにディアを見つめるエメラだが、ディアは優しく微笑んだ。
アディのような爽やかな笑顔が、重い空気と感情すらも全て吹き飛ばしてくれる。
「大丈夫ですよ。私は魔獣王です。そしてアディは私の息子です」
かつて愛したディアの強さと優しさが、今もエメラの胸を熱くさせる。あの頃の恋心とは違うが、ディアは今も勇気を与えてくれる存在に変わりはない。
自分は一人ではない。アディも……今、こうしてディアもいる。
ディアは遠くに霞む魔獣界の城を真っ直ぐな瞳で見つめて意志を示す。
「私たちで魔獣界を取り戻しましょう」
ディアの言葉を受けたエメラも魔獣界の城の方を向き、進むべき道を真っ直ぐに見据える。その凛と輝く金の瞳には迷いも恐怖もない。
「はい。魔獣王ディア様」



