魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 魔王は後先何も考えていないのか、ディアの背の上で子供のように大はしゃぎだ。

「ディア、行けぇぇ!! もう一度体当たりだ、突撃ー!!」

 なんとディアに体当たりをさせて結界を強行突破しようとしている。
 魔獣の姿のディアは言葉が話せないので有無を言わせず従うしかない。
 何度か体当たりを繰り返すうちに、結界に亀裂が入ってきた。

「バカな……! 結界が……!」

 さすがにクルスも怯んだ。強力な魔力の壁は力任せでは壊せないと思っていた。
 エメラはよく目をこらしてディアを見ると、体に魔力を纏わせて強化している。さすが魔獣王。無鉄砲なだけの魔王とは違う。

「やはりガキの結界だなぁ、脆すぎて張り合いがねぇ! トドメだ!」

 魔王は両手を開いて構えると、結界に向かって魔法弾を放った。
 クルスよりも遥かに強力な魔力は結界を突き抜けて破壊し、結界魔法そのものが打ち消された。

 最初から魔王が本気を出せばクルスの結界は簡単に破れた。それをしないのは、やはりこの一連が魔王にとっては遊びなのだ。
 何よりも予想外なのが、魔王が人質のアディの存在を無視している事である。

「くっ……!」

 クルスは魔獣の姿に変身すると、魔王たちとは逆方向へと飛び去る。城に戻って戦力を揃える気だ。
 エメラはクルスを追わずに、上空のディアと魔王を見上げ続けている。

 やがてディアが地面に降り立って、その背から魔王が飛び降りる。するとディアの体が発光し収縮すると人の姿に変身した。

「なぁんだ、あのガキ逃げたのか。つまらねぇな」
「なんだじゃありませんわ! なんて無茶を!」

 魔王の危機感のなさに呆れを通り越して怒りがこみ上げてくる。泣いたり驚いたり怒ったりとエメラも忙しい。
 全く悪気のない魔王に代わって、側近であるディアがエメラに頭を下げる。

「エメラさん、申し訳ありません。魔王サマが突撃命令を出すものですから」

 ちゃっかり魔王のせいにしている。さすがの魔獣王も、主である魔王の命令は拒めない。

「ディア様……。ですが、お二人だけで突撃なんて無謀ですわ」

 討ち入りとは言っても、魔王とディアの二人きりなのだ。兵も連れずに武器も持たない。魔王はやはり、遊びのケンカのノリなのだ。