魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 魔獣界の森の上空を飛び続けているエメラだったが突然、見えない壁に衝突して体が弾き返された。
 空中で体勢を崩したが、なんとか持ち直す。

(……っ!! これは……!!)

 目を凝らしてみると、魔獣界を覆い尽くす巨大なドーム状のバリアが見える。
 強力な魔力の壁、これは結界の魔法だ。

(結界……! でも、アディ様は……)

 今のアディは魔力が不足して魔法を維持できないはず。当然、結界だって解けていると確信していた。とすると、この結界魔法は……。

 そこまで考えた時に、エメラは背後に気配を感じた。振り向かなくても分かる。この禍々しい魔力の持ち主が誰なのか。
 後ろを振り返ると、そこには自分と同じ、コウモリの羽根を持つ黒い魔犬が空に浮かんでいた。

(クルスさん……!)

 それはまさしく魔獣の姿のクルスだ。エメラを追って来た事は間違いない。
 エメラはその場で降下し、地面に降り立つと同時に人の姿に変身する。
 そしてクルスも同じように降り立って人の姿に変身する。魔獣の姿では言葉が話せないからだ。
 エメラは臆する事なく堂々とクルスと向かい合う。

「……どういう事ですの? この結界はクルスさんが?」
「はい、そうです。どうです、逃げられないでしょう? アディ様の悪知恵を真似してみました」

 どこまでもアディを侮辱する言葉と行為が許せない。
 簡単に城から抜け出せたのは、どうせ結界によって逃げられないからだ。これで逃げ道はなくなったが、次の方法を考えるしかない。

「わたくしは逃げませんわ。いつまで封鎖を続けるおつもりですか」

 いくらクルスでも魔力の限界がある。永遠に結界を維持できる訳ではないし、魔獣界の封鎖を知ったら魔界が黙ってはいない。
 エメラは何とか時間稼ぎの方法を探ろうとした。
 クルスは顎に手を当てて、うーんと声を出して考える仕草をした。相変わらず演技くさい。

「そうですねぇ……せっかくなので、それもアディ様の真似をしましょうか」

 エメラは抑えきれない怒りと嫌悪感からくる震えに耐えながら口を固く閉ざしている。
 クルスは楽しそうに笑いながらエメラを追い詰める。

「アディ様だったら、こう言うでしょうね。エメラ様が『身籠るまで』ってね」
「……お黙りなさい!! いい加減にして!!」

 ついにエメラの感情は爆発した。もはやクルスの発言を聞いていると吐き気がしてくる。

 クルスも間違いなく狂愛だが、どんなに真似てもアディとは違う。
 それはエメラ自身の愛の違い。愛するアディだからこそ、どんな愛でも受け入れられる。
 アディの狂愛を愛せる自身も、狂愛と呼べるのかもしれない。