魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 魔王は両手をデスクにバン!! と叩きつけて勢いよく立ち上がった。
 ……わざとらしい。

「クルスとかいうあのガキ、反乱を起こしたな。やると思ったぜ。アディは人質ってワケか」

 何を推測したのかは知らないが、大体の読みは合っている。実際は結界魔法を使ったのはアディなので、一番肝心なところは外れているが。

 冷静なディアは様々な可能性を考えてみる。魔王の憶測が全て正しいとは言えないが、クルスに関しては気になる。

「クルスさんだとすれば、目的は何でしょうか」
「あぁ!? そんなの決まってんだろ、これは魔界への挑発だ! 面白ぇ、売られたケンカは買ってやるぜ!!」

 アディは魔獣王ディアの息子で、魔王の孫。魔界を敵に回す行為は挑発と見られて当然。
 好戦的な魔王の狂気までもが発動して事態がややこしくなりそうだ。
 魔王は赤い瞳を鈍く光らせて、キリッとどこか遠くを睨みながら宣言する。

「ディア、出陣だ! 魔獣界に乗り込むぞ!!」
「……承知致しました」

 魔王の側近であるディアは、討ち入りの号令に従うしかない。
 魔王としては、いつものケンカのノリで楽しんでいるだけのようだ。単に仕事をサボりたいだけの口実ではないかと疑う。
 だが、魔獣界で何か良からぬ事が起きているのは確かだと思った。




 その頃の魔獣界では。
 クルスとの話が終わったエメラは、一人で足早に玉座の間から出る。
 当然ながら落ち着いてはいられない。黒のロングドレスで走りにくいが、全力で城の廊下を駆けていく。

(仰る通り、自由にさせて頂きますわ!)

 アディのいる地下牢は厳重な警備で近付けない事は分かっている。ならば、次に取る行動は決まっている。

 城の裏口に辿り着いて周囲を確認するが、見張りの兵はいない。これなら簡単に外に出られる。いくらクルスが支配した城とはいえ、不用心すぎないだろうか。

(いえ、好都合ですわ!)

 罠だとしても突き進むしかない。
 エメラは裏口から外へと出た瞬間に、魔獣の姿に変身した。巨大な黒いコウモリの羽根を広げて飛び立ち、魔獣界の城から離れていく。

 目指す先は魔界だ。魔界の城には魔獣王ディアがいる。そして、あまり顔は合わせたくないが魔王オランも。

(今はお二人を頼るしかありませんわ)

 魔界に逃げるのではなく、助けを求めに行くのだ。クルスから魔獣界を、そしてアディを取り戻すために。

 アディを魔獣界に残してきた不安はある。だが、魔王の孫でもあるアディを簡単には処刑できないはず。そう信じるしかない。