魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 しかしエメラは、なぜか浮かない顔をしている。

「はい……ディア様、アイリ様。ありがとうございます」

 作り笑いのような笑顔で、形だけの礼を述べた。
 その不自然な笑顔に気付かないディアは満足そうに頷くと玉座から立ち上がる。

「では、本日はこれで失礼致します」

 隣のアイリも椅子から立ち上がると、ディアの腕に両腕を絡めて抱きつく。
 夫婦というよりは若々しいカップルのようだ。

「ねぇディア、せっかくだから、魔獣界の商店街を見て回ろうよ、ね?」
「はい、アイリ様。承知致しました」

 ディアは妻であるアイリに対しても様付けで敬語。
 現在のディアは魔王の側近であり、アイリは魔王の娘。本来の二人は主従関係であり、結婚してもそれは変わらない。

 ディアとアイリが玉座の間から立ち去ると、その場にはエメラとアディだけが残された。
 アディは不満そうに口を尖らせている。

「ねぇ、エメ姉は婚約、嬉しくないの?」

 エメラはハッと目を見開いてアディの顔を見る。先ほどの作り笑いをアディに見抜かれていた。

「まさか、そんな事、ありませんわ……!」
「ほら、また作り笑い。父さんに対しては本当の笑顔だったのにね」
「……」

 黙り込んだエメラをその場に置いて、アディは玉座へと続く階段を上っていく。

「ねぇ、そんなに父さんの方がいいの? いつも魔獣界にいないし、あんなの形だけの王じゃん」

 逆を言えば、王が常に魔獣界にいる必要はない。それほどに魔獣界が平和で、エメラの統治能力が優れているとも言える。
 アディはゆっくり階段を上りながら、背中でエメラに問いかけ続ける。

「魔獣界の仕事は全部、エメ姉に押し付けてさぁ……納得いかないよね」

 穏やかな口調ではあるが、冷淡で無情。普段の爽やかなイメージの彼の口から出たとは思えない言葉が重く響く。

 アディは、今もエメラがディアへの想いを捨てきれていない事を知っている。
 知っているからこそ、その嫉妬がアディの心に影を落とし、闇に堕としていく。