魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 魔獣界へと続く森の手前の上空を、一匹の巨大な魔獣が飛行している。

 黒い毛並みに金色の瞳。背にはコウモリの羽根を持つ、最強の魔獣『バードッグ』。

 魔獣界に近付いたところで、魔獣は何かを感じて飛行を止めた。そのまま降下して森の中へと降り立つ。
 そして魔獣の全身が発光すると、その姿が瞬時に人型へと変わる。
 ブルーグリーンの髪に金色の瞳、見た目は20代。グレーの軍服スーツに身を包んだ紳士。

 アディの父、魔獣王ディアである。

 ディアは月に一度ほど、魔界から魔獣界へと赴く。それが魔獣王としての数少ない仕事の1つであった。
 いつもなら妻のアイリと一緒に来るのだが、今日だけは胸騒ぎを感じたのでディア一人で訪問する事にした。

 ディアは強い魔力を感じ取り、目の前に見えない壁がある事に気付いた。ここから先には進めないという事も。

(これは、結界魔法……)

 魔獣界で結界魔法が使えるのは、強大な魔力を持つ魔獣『バードッグ』のみ。結界の魔法書は王宮の図書館にある。
 エメラ、アディ、クルス……この中の誰かが発動させたと考えられる。

 ディアは再び魔獣の姿に変身すると飛び立ち、魔獣界に背を向けて魔界へと引き返す。



 魔界の王宮の城へと帰ってきたディアは、その足で魔王の執務室へと向かう。
 ノックもせずに執務室のドアを開けると、魔王がデスクに突っ伏して大胆に居眠りをしている姿が見えた。魔王はディアが目を離すとすぐに仕事をサボる。
 ディアはデスクの前に立って、わざとらしく声を張り上げる。

「魔王サマ!!」
「あ~~? なんだ、もう帰ったのかぁ?」

 昼間なのに熟睡していた魔王は寝惚け気味だ。魔獣界に行ったディアがこんなに早く帰ってくるとは予想外であった。
 ディアは主である魔王を冷ややかに見下ろす。

「魔獣界には行けませんでした。結界魔法で封鎖されています。通信も遮断されて連絡が取れません」
「……結界だと?」

 そのワードで目が覚めたらしい魔王は、急に起き上がって何かを考え始めた。

「……魔獣女の仕業か?」
「いえ、エメラさんとは考えにくいです」

 エメラが、魔獣王であるディアを拒むような行為をするとは思えない。
 残る可能性はアディかクルスだが、魔王の中では答えが決まっているようだ。