魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 エメラとクルスは今、玉座の前で向かい合って立っている。

 話をするのになぜこの場所を選んだのか、クルスの意図が読めない。
 玉座の階段の下には兵が控えているために抵抗も逃亡もできない。素直にクルスと話すしかなさそうだ。
 エメラがまず案じたのは自身よりもアディの事であった。

「アディ様は今、ご体調が優れませんのよ。ご無事ですわよね?」
「まぁ大丈夫じゃないですか。王子様に地下牢は窮屈でしょうけどね、ふふ」
「……!」

 クルスは普段と変わらず、黒のスーツで爽やかな笑顔と口調で接してくる。
 エメラは感情を抑えて慎重にクルスから情報を引き出そうとする。
 アディは地下牢に閉じ込められている事が分かったが、今はエメラも身動きが取れない。まるで犯罪者のような扱いに怒りがこみ上げる。

「僕はずっと、この時を待っていたんです。アディ様が勝手に力尽きるのを」

 クルスの言葉から、おそらくアディの結界魔法が消えたタイミング……つまりアディの魔力が限界に近付いた、この時を狙ったと推測できる。

「……! まさかクルスさん、あなたが仕組んだのですか!?」
「自業自得じゃないですか」

 クルスはアディに禁断の3大魔法を習得させて、その全てを同時に使用するように誘導していた。

 魔法書をすり替えて『魅了(チャーム)』を習得させた。
 無許可で魔界に行った怒りによって、魔獣界を『結界』で封鎖させた。
 ディアへの嫉妬心を煽る事で、エメラの記憶の『封印』を促した。

 全てはアディを意のままに動かすため……自滅の道へと導くための、クルスの策略であった。
 言い換えれば、アディはエメラの愛を手に入れるために魔法を使った。
 狂愛とは、狂うほどに愛する深い愛情。それを利用したクルスが許せない。

「全ては僕の思い通りですよ。簡単でしたね。愚かな上に単純な王子で助かりましたよ」
「アディ様を侮辱しないで下さい!!」

 エメラの感情はもう抑えられないほどに限界であった。
 権力や魔法が使えたなら、クルスなんて一瞬で追放してやるのに。今はアディを人質に取られている形で何もできないのが歯がゆい。
 なんとか気を落ち着かせて、エメラは交渉の糸口を探す。

「……あなたの目的は何なのですか?」

 エメラには分からない。クルスが、ここまで遠回しにアディを陥れる動機が。
 アディへの恨みや憎しみがあるとすれば、それは……。

「何度も言ってますよ。僕はエメラ様がほしい。だから何百年も前から追いかけてきたのです」

 クルスの答えはシンプルだ。全てはエメラへの恋心。そこだけは一貫して変わらない真実であった。