魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 そして現在。
 夢のような一夜の熱が冷めて、朝を迎えた。

 今朝も先に目覚めたのはエメラだった。遠い昔の夢を見た気がしたが、よく覚えていない。
 まだ意識が朦朧としているが、朧げな昨晩の記憶を思い出そうとした。

(……アディ様は昨日……わたくしからディア様の記憶を……え?)

 エメラは、封印されたはずのディアの記憶が全て残っている事に気付いた。アディの封印の魔法は失敗したのだろうか。

「アディ様! アディ様!!」

 何かの胸騒ぎを感じて、隣で眠るアディの身体を揺すって起こそうとする。どちらにしても、もう起床時間だ。
 しかし、どんなに強く揺すっても、大きな声で呼びかけてもアディは反応しない。

「アディ様……!?」

 エメラは起き上がると裸のままでベッドの上に座り、アディの状態を確認する。
 顔色も呼吸も正常で苦しそうな様子もない。気絶したかのように深く眠っているだけに見える。
 先日のアディの体調不良の事も考えると、単に疲労しているだけではなさそうに思える。
 今、この状況でアディの身に起こり得る事……それを考えた時、ある可能性が思い浮かんだ。

(魔力の欠乏……!)

 アディは昨晩、『魅了(チャーム)』と『封印』の魔法を同時に使用した。さらに『結界』の魔法で魔獣界を封鎖している。

 禁断の3大魔法を同時に使用したために、限界まで魔力を消耗したアディの体は意識すら保てなくなっていた。
 エメラにかけた封印の魔法が解けたのも、魔法を維持できなくなったからだ。

 エメラは乱れた長い深緑の髪をかきあげて背中に落とすと、アディの寝顔に近付く。

(アディ様、どうか目覚めて下さい……)

 アディに唇を重ねると、自らの魔力を流し込んでいく。
 これは人工呼吸と同じで、魔力を回復させるための応急処置。エメラ自身の魔力をアディに注ぐ事で、アディの意識が戻るくらいには回復させられる。
 やがて、うっすらとアディの瞳が開かれる。

「……エメ姉……」
「アディ様、起き上がらずに、そのままで」
「体に力が入らないよ、なんで……」
「すぐに医師を手配しますので安静にしていて下さいませ」

 魔力の欠乏とは貧血のようなもので、魔力を回復させない限りは治らない。
 今のアディには魔法の維持どころか、立ち上がる力も残されていない。