魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 その後の少年・クルスは、魔獣界で知る限りの魔法を習得した。
 それだけでは足らず、魔界に侵入し禁断の魔法書……禁書を盗み出した。

 成人したクルスは、ようやくエメラに相応しい強さを得たと確信し再会を決意する。
 ……だがエメラは、この時もずっと魔獣王ディアを追いかけていた。

 それを知ったクルスは、ある日。森でわざと密猟者に襲われて逃げるフリをして、魔獣王ディアをおびき寄せた。
 そして目論見どおり、ディアが現れてクルスを助けた。

「お怪我はありませんか? この辺の森は危険です。今後は気を付けて下さいね」

 優しい微笑みと、気高く強く紳士な魔獣王。エメラが惹かれたこの男を見た瞬間に生まれた衝動は、憧れではなく憎しみ。

「ありがとうございます。魔獣王様」

 クルスも笑顔で返すが、それは感情とは全く逆。その笑顔の裏に隠されているのは、妬みから生まれた狂気。

「僕の名前はクルスと言います。まぁ、すぐに忘れますがね」


 クルスはディアに禁断の魔法を使った。



 その後のディアに何が起こったのか、誰にも分からない。ディア自身にも。
 ディアは過去の記憶を全て失い、行方不明となった。
 自我をも失ったディアは魔法も使えずに魔獣の姿に戻った。野生の魔獣となったディアは、森に入る魔界の人々を自衛本能のままに見境なく襲った。
 凶暴な魔獣の出現に、ついに魔王が動いた。

 ある満月の夜。深い森の中で、魔王オランはその『野良犬』と対峙していた。

「テメエか。最近、森で暴れていやがる野良犬は」

 漆黒のマントを靡かせて、漆黒の世界を象徴する魔界の王が言い放つ。

「テメエのせいで負傷者が後を絶たねぇ。オレ様が直々に制裁を下してやる」



 魔王はディアを魔法で人の姿に変身させて、魔界の城へと連れ帰った。
 記憶喪失となったディアは文字通り、魔王に拾われたのである。
 魔王は、名を持たぬ魔獣の青年を『ディア』と名付けた。
 ディアは魔王の強さに惹かれ、自らの意志で魔王の側近となり、魔界で生きる事を決めた。

 その後、ディアは魔王の娘・アイリと恋に落ちて結婚。双子の兄・アディと、妹・イリアが誕生したのである。

 魔獣王が消えて、魔獣たちの平和と秩序が乱れる事を危惧したエメラは、一人で魔獣界を守り続ける決意をする。
 行方不明となったディアを探して、いつか再会できる、その日まで。

 ディアという邪魔者を消したクルスだったが、すぐに禁書を盗んだ事実が発覚、魔界から追放された。
 そうしてまた数百年後、ようやくエメラと再会を果たすが……

 エメラは、魔獣王ディアの息子・アディと婚約していた。