魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 深い愛と幸福感に包まれて眠りに落ちたエメラは夢を見た。

 今回もまた過去の夢で、もう何百年も昔……まだアディが生まれる前の頃の記憶。

 遠い昔のある日、エメラは魔獣界の森の中で魔獣の少年と出会った。
 例によって、密猟者に襲われていたところを魔獣の姿のエメラが助けたのだ。
 密猟者が逃げ去った後、エメラは人の姿に変身すると少年に声をかける。

「お怪我はありませんか? この辺の森を一人で歩くのは危険ですわよ」

 このセリフは、エメラが魔獣を助けた時に言う決まり文句。
 その少年は見た目15歳くらい。深緑の髪と金色の瞳を持つところから、エメラと同種族の『バードッグ』である事が分かる。
 気弱そうな少年は、弱々しく小さな声で返す。

「はい、ありがとうございます……あの、強いんですね……」
「わたくしはエメラと申しますわ。あなたもバードッグですわよね。これからもっと強くなれますわよ」

 エメラも最初から強かった訳ではない。過去に密猟者の攻撃から何度も助けてもらった事がある。
 エメラを助けた者、それが魔獣王ディアだ。

 ディアに憧れたエメラは長い時間をかけて全ての魔法を習得し、一人で魔獣界を守れるほどの強さを得た。今ではディアと並んで魔獣たちの救世主のような存在となった。

「僕もエメラ様のように強くなれるでしょうか……?」
「えぇ、なれますわ。同じバードッグなのですから」

 少年は、最強の魔獣『バードッグ』なのに弱い自分に引け目を感じていた。だがエメラの言葉で目が覚めた。バードッグである事を誇りに思うべきだと。
 その瞬間、少年はパッと明るい笑顔に変わった。その金の瞳は希望の光で輝いている。

「なら僕、誰よりも強くなって、いつかエメラ様をお守りしますね!」
「まぁ、頼もしい。よろしくお願い致しますわ」

 それは、少年からの告白であり約束でもあった。少年の恋はこの時から始まっていた。
 しかしその頃、すでにエメラはディアに恋心を抱いていた。

「僕の名前はクルスです。強くなったら、またエメラ様に会いに行きますね」



 その名前も顔も、現在のエメラはもう覚えていない。
 エメラにとって彼は、密猟者から助けた数多くの魔獣の一人でしかなく、記憶には残らなかった。
 エメラもディアと同じように、助けた相手から知らぬ間に恋心を抱かれる事が多かった。

 過去も今もずっと、彼に追いかけられている事にも気付かずに。