魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 数日後。魔獣界の王宮は、いつもと違って少し慌ただしかった。

 今日は、魔獣王ディアと王妃アイリが魔獣界の城を訪問する日なのだ。
 王なのに訪問というのもおかしな表現だが、ディアは現在も魔界在住であり、魔獣界を訪れるのは月に一度くらいであった。

 玉座の間にて、ディアは玉座に座り、隣の王妃の席にアイリが座る。玉座の階段の下にはエメラとアディが控えている。

「エメラさん。最近の魔獣界の様子はどうでしょうか」

 真面目で紳士なディアは、王らしからぬ丁寧な口調でエメラに問いかけた。
 アディの父親であるディアだが、見た目はエメラと同じく20歳くらいで若い。

「はい、問題ありませんわ。ただ密猟者が増えておりますので、森の警備の強化を進めております」

 密猟者という言葉を聞いたディアは眉をひそめた。

「そうですか。いつの時代も密猟者は減らないものですね」

 ディア自身も希少種の魔獣であり、密猟者の攻撃には何度も苦しんできた。
 希少種の魔獣は異世界で高値で取り引きされるため、密猟者は後を絶たない。

「エメラさん、いつも申し訳ありません。魔獣界をよろしくお願い致します」

 玉座のディアが頭を下げると、エメラは恐縮して笑顔で返す。

「いえ、わたくしはディア様の側近として当然の事をしているだけですわ。どうぞお任せ下さいませ」

 エメラは魔獣王ディアの側近という役職ではあるが、実際は魔獣界を一人で治める女王のような立場にある。魔獣界では基本的に魔獣王と王妃は不在だからだ。

 エメラとディアは希少種の魔獣『バードッグ』である。
 魔獣としては最強の攻撃力と魔力を持つ種族。ディアの代わりに魔獣界を守り、治められるのはエメラしかいない。

 すると、エメラの横でつまらなそうに黙っていたアディが突然、話を切り出す。

「父さん、母さん。僕、エメ姉と婚約したよ」

 唐突な婚約の報告にも関わらず、ディアは落ち着いた様子で微笑んだ。
 エメラの胸元のペンダントを見れば、言わずとも婚約は一目瞭然であった。

「そうですか。おめでとうございます。エメラさん、アディをよろしくお願いします」

 ディアに続いて、隣に座る王妃アイリも嬉しそうに祝辞を述べる。

「わぁ、良かったね、アディ! おめでとう。これからもエメラさんと仲良くね」

 アイリは魔王の娘で悪魔。栗色のボブヘアに同色の瞳。小柄で童顔のため、アディの母親というよりは同年代の18歳くらいに見えてしまう。
 普段は大人しく気弱な性格だが、息子の婚約を知って子供のように目を輝かせて喜んでいる。