魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 エメラが案じるのは自身の事ではない。いつでもアディと魔獣界の事なのだ。

「そんな……魔界にはディア様もいらっしゃいますのよ!?」
「そんなに父さんに会いたいのかよ!?」
「……っ!」

 まさに一触即発。アディの笑顔は瞬時に激情へと色を変える。だが、やはり二人の思いは食い違っている。
 エメラは今にも泣きそうに金の瞳を潤ませながら目を伏せる。

「ディア様は魔獣王です。そして貴方のお父様ですのよ……」

 ディアだけではない。魔界にはアディの母・アイリや、祖父の魔王もいる。魔獣界を封鎖して国交断絶をすれば、孤立した世界は滅びるかもしれない。
 アディは、国よりも家族よりも……エメラ一人を選んだのだ。

「ふーん。それで?」
「え……」

 あまりに冷めたアディの反応に、エメラは言葉すら出ない。
 同じ金色の瞳を持つのに、アディが滲ませるのは冷えきった狂気。

「僕が魔獣王なんだから問題ないよ。それにエメ姉次第で結界は解くから」
「わたくし次第……?」

 アディは片手を伸ばして、そっとエメラの頬に触れる。
 その手はエメラの首筋を通り、胸元に触れて、やがて下腹部で止まった。

「うーん……まだダメだね」

 アディはエメラの腹部に触れて何かを感じ取っている。
 エメラにとっては今までに何度もされた行為で、何度も言われた言葉。それが何を意味するか分かる。
 そして、次にアディが言う言葉も予測できる。

「エメ姉が身籠ったら結界を解くよ」



 城の屋上では、深緑の髪を風に靡かせながら空を眺めている青年の姿があった。
 外の景色を一望できるこの場所で、魔獣界を覆い囲んだ目に見えない結界を確認する。

「本当に愚かな王子ですね……」

 結界によって封鎖された魔獣界の空を仰ぎながら、クルスは爽やかに微笑んだ。