魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 そんなクルスが胸元のポケットから手帳を取り出して開く。今日のスケジュールを確認しているようだ。

「午前中は重要な仕事の予定もないですし、ご一緒に魔界に行きませんか?」
「え? どういう意味ですの?」

 突然のクルスの提案にエメラは意表を突かれた。二人きりなのをいい事にデートに誘うつもりだろうか。
 そんなエメラの疑いの目を表情で読み取ったのか、クルスは苦笑いをした。

「あ、いえ、お仕事ですよ。この前、魔王様にお会いできなかったので、改めてご挨拶に伺った方が良いかなと」
「え、あぁ……そういう事ですの。そうですわね」

 確かに、いずれ魔王には直接会ってクルスを紹介しなければと思っていた。だがエメラはアディの事が気になる。

「ですが、わたくしはアディ様の許可なく外出する訳には……」
「大丈夫ですよ。この前だって僕と二人でなら外出してもいいってアディ様が言ってましたよね」
「それは、そうですけど……」

 確かにクルスの言い分には説得力があるのだが、強引に外出をしたがっているように見えて余計に怪しい。
 寝室で眠っているアディを起こしたくはないので、エメラはアディには伝えずに魔界へと行く事にした。

 城を出たエメラとクルスは魔獣に変身して飛び立つ。
 今回は障害もなく順調に飛行して数十分後、無事に魔界の城へと辿り着いた。

 二人は玉座の間にて魔王に謁見する事になった。魔王オランは、偉そうに玉座にふんぞり返って二人を迎えた。
 数万年生きても見た目は20代。そんな魔王はクルスではなく、まずエメラを見て一言。

「おい、魔獣女」
「はい、悪魔男さん」

 この二人は元々、仲が悪い。顔を合わせただけでも何かと言い合う。早くも恒例の子供のケンカが始まりそうな雰囲気である。
 すると魔王は、今度はクルスの方をチラリと見て意味深に笑った。

「なぁにアディに似たガキを侍らせてんだよ」

 魔王は顔はいいが口は悪い。いつものふざけたノリなのだが、それはエメラが一番触れられたくない領域。いくら魔王でアディの祖父でも、冗談では済まされない。

「……彼はアディ様の新しい側近、クルスさんですわ」
「へぇ、やっぱ、てめぇの好みか」
「お選びになったのはアディ様ですわ」

 エメラはいつものケンカ腰の反論ではなく、本気の嫌悪感を滲ませている。
 クルスがアディに似ている事をネタにされたくはない。
 冷たい空気が二人の間を流れていく。