魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 ディアはエメラの目の前まで来ると、心配そうに眉を下げて見下ろす。
 エメラは恥ずかしくて直視できずに視線を泳がせている。やはり何年経っても間近でディアを見ると鼓動が速くなってしまう。

「エメラさん、すみません。少し失礼します」

 なぜか急に謝ったかと思うと、ディアはエメラを正面から優しく抱きしめた。両腕でしっかりエメラの身体を包み込んだ抱擁である。

「え? ディア様……?」

 頭が真っ白になったエメラは、ただ呆然と身を任せている。
 だが、不思議と抱かれた身体は熱くない。それどころか、だんだんと熱が治まっていく。同時に激しい鼓動も落ち着いてきた。
 ディアに抱かれていると安心感で心が落ち着いてくる。

 ……これは魔法なのだろうか。

 エメラの身体の熱が完全に冷めると、ディアがそっと体を離した。そして優しい微笑みをエメラに向ける。

「失礼しました。氷の魔法で熱を冷却しましたので、これで体が楽になるはずですよ」

 エメラは呆然とディアの顔を見つめながら、その言葉の意味を理解しようとする。
 ディアは氷の魔法を使って自身の体に弱い冷気を纏わせ、抱きしめる事によってエメラの身体の熱を冷却したのだ。

 エメラは、熱の冷めた全身がスッキリと軽くなっている事に気付いた。どうやらアディがかけた魅了(チャーム)の魔法が解けたようだ。

「ディア様、ありがとうございます……」

 なんだか気恥ずかしくて、エメラは目を伏せて頭を下げた。そんなエメラの耳元に、ディアが唇を近付けてそっと耳打ちをする。

「アディが迷惑をかけましたね」
「え……」

 エメラは頭を下げたまま目を見開いて驚く。
 ディアは、アディがエメラに魅了(チャーム)の魔法をかけた事も見抜いていた。
 ディアは少し距離を取ってエメラとクルスの正面に立つ。

「なかなか魔界を離れられず、申し訳ありません。どうか私の分まで、魔獣界とアディの事をよろしくお願い致します」

 魔獣王でありながら、丁寧な言葉と所作でディアは二人に頭を下げた。
 言い換えれば、アディと側近の二人に魔獣界を任せるという言葉にも取れる。

 魔界で魔王の側近として生きるディアにとっては、形だけの魔獣王よりもアディに継がせたい気持ちが強いのだろう。