魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 魅了(チャーム)をかけられた心身を満たす相手は、誰でもいいという訳ではない。
 当然、相手は術者であるアディでなければ満たされない。それなのに……クルスは、あまりにもアディに似すぎている。

「あぁ、安心して下さい。魅了(チャーム)は使いませんから」

 ゆっくりと近付いてくるクルスを拒む事ができない。クルスがアディに重なって見える錯覚まで起こしている。

 アディとクルスはエメラと同種族の『バードッグ』であり、容姿も似ている。
 例えるなら、クルスは『敬語口調のアディ』。本能が自然と求めてしまう相手なのは仕方ない。

(……アディ様……)

 エメラは両手をクルスの首に絡めて引き寄せようとする。どうにかして満たしたい……そんな思いがアディの幻影を追っている。

 しかし、エメラは思い出した。
 かつて愛した魔獣王ディアを息子のアディに重ね、今もまたクルスにアディを重ねようとしている、その罪に。
 本当は今、誰を愛したいのだろうか、という自問自答の末に導き出される答えは霞んでいる。

「エメラ様。愛しています」

 クルスの愛の言葉でさえ、アディの声に変換されてエメラの耳に届く。
 だが唇が触れそうになった瞬間に、無意識にエメラの口から発せられた真実。

「……はい。愛しています、アディ様……」

 クルスは金色の瞳を満月のように見開き、エメラの腕を解いて離れた。
 クルスも気付いたのだ。エメラは自分ではなくアディの幻影を見ているのだと。
 興醒めしたのか、屈辱だったのか。クルスは大きくため息をついて地面に座った。

「やめましょう。次はせめて僕の名前を間違えないで下さいね」
「え……?」

 無意識にアディの名前を口走ったエメラには、クルスが何を言っているのか分からない。
 クルスは立ち上がると、気持ちを切り替えたのか穏やかに微笑んでいる。

「早く任務を済ませて帰りましょう。僕の背中に乗って下さい」

 エメラの目の前で、クルスは魔獣の姿に変身した。
 その巨体で背を向けると、静かに座ってエメラが背中に乗るのを待っている。
 エメラの飛行が難しいと判断したクルスは、エメラを背に乗せて魔界に行くつもりなのだ。
 その優しさが、エメラの火照った身体の中でさらに温かく胸を打つ。

「ありがとうございます、クルスさん」

 今度は間違えずにクルスの名を呼んだ。