魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 エメラは執務室を出ると、そのままエントランスホールへと向かう。
 そこでは黒のスーツ姿のクルスが待っていた。エメラは普段通りの黒のドレス姿のままだ。

「クルスさん。お待たせ……致しました」
「いえ。……? エメラ様、どうかしたんですか?」
「なんでも……ありませんわ……行きましょう」

 エメラの顔が火照り、挙動がおかしい事は誰が見ても一目瞭然。
 こうなったら長時間耐えるよりも、早く任務を終えてアディに満たしてもらう方がいい。

 城の門の外に出ると、外の空気に触れて少しだけ気が紛れる。だが、ここから魔界への道のりは遠い。

「魔獣の姿で飛んでいけば数十分で着きますわ。わたくしの後に付いて来て下さいませ」
「分かりました。エメラ様、本当に大丈夫ですか?」

 魔獣の姿に戻ると言葉が話せなくなるので、クルスは心配して念を押す。純粋にエメラの体調が悪いとでも思ったのだろう。
 クルスが心配そうに顔色を伺ってくるが、エメラの顔色は青でも白でもなく赤い。病的な意味の発熱と勘違いされそうだ。

「……大丈夫ですわ、お気になさらず」

 とは強気に言ってみるものの、実際は大丈夫ではない。
 アディから距離が離れれば離れるほど、引き戻される引力のように心と身体がアディを求めてしまう。
 これが魔法の効果でさえなければ、どれだけ素敵な愛の引力なのだろうかという複雑な思いと共に。

 そんな思いを振り切って、エメラは魔獣の姿に変身する。いや、魔獣こそがエメラの本来の姿。
 黒い毛並みに、コウモリの羽根を背に持つ魔犬。5メートル近くある巨体と鋭い牙と爪は、最強の魔獣『バードッグ』らしく威圧と風格を感じさせる。

 エメラに続いてクルスも魔獣の姿に変身する。彼もエメラと同じ種族『バードッグ』だ。

 そして魔界を目指して飛び立った二人。
 エメラが前を飛び、その後方をクルスが飛ぶ。
 しかし前方のエメラは左右にフラフラと揺れていて不安定だ。今にも力尽きて落ちそうな飛行で危なっかしい。

(エメラ様……?)

 クルスが不思議に思っていると、ついに飛べなくなったエメラは降下して森の中に降り立った。