魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 そんな朝の執務室にて。

 アディは普段通りにデスクに着席する。そしてデスク越しの正面にエメラとクルスを立たせた。

「思ったんだけどさ、クルスくんも入った事だし、二人で魔界に挨拶に行ってきてよ」

 最近は朝のアディの思いつきで一日の最初の仕事が決まる。
 スケジュール管理をする側近としての二人の立場は形無しである。
 エメラとクルスも慣れたもので、文句も言わずに黙ってアディの思いつきを最後まで聞いている。

「クルスくんも仕事で魔界に行く機会が増えるだろうし、今後も魔界とは友好関係を保たないとね」

 すっかり魔獣王になったつもりのアディだが、まだ『自称』魔獣王である。
 だが当然、エメラはそんな突っ込みなど一切口にしない。
 優秀な側近であるエメラは、アディの意図を汲んで全てを受け入れた上で最善を尽くす。

「承知致しました。魔界の皆様にクルスさんのご紹介と、ご挨拶をしに行きますわ」
「うん、よろしくね。父さんと母さんと、オランじいちゃんによろしく」

 オランじいちゃんとは魔王オランの事であるが、見た目は20代で若い。
 エメラは魔王と仲が悪いので、じいちゃん呼びを聞く度に笑いが込み上げてくる。不仲というよりはケンカ友達の感覚に近い。
 そして隣のクルスも嬉しそうだ。

「魔界のお城に行けるんですね! 僕、初めてで緊張します……!」

 いや、緊張している顔には見えない。
 どうもクルスの言動は演技くさいし、こんなに嬉しそうなのは魔界に行けるからではなく、エメラと二人きりで行けるからに違いない。
 と、そこまで勘ぐって、エメラは肝心な事を思い出した。

「ですが、アディ様。わたくしは一人での外出は禁止とのご命令でしたわよね?」
「一人じゃないよ、クルスくんと二人だからいいんだよ」

 いや、一人での外出よりも、クルスと二人きりでの外出の方が危険度が増すと思うのだが……。

 どうしてアディは、恋敵のクルスを疑いもせず警戒もしないのだろうか。
 クルスがエメラを狙うという考えには至らないのが不思議だ。