魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 アディが魅了(チャーム)を習得してから、エメラは『悪夢』を見なくなった。

 それどころか夜にアディと抱き合って眠る時に、今までにない『幸福感』を感じるようになった。

「アディ様……もしかして、魅了(チャーム)を使ったのですか……?」

 ある朝にベッドの上で寄り添いながら、エメラはアディに問いかけた。
 アディはエメラの身体を解放して起き上がると背伸びをした。窓からの朝日を受けた素肌の胸板が目に眩しい。

「ふふ、いい顔だね。どう? 前より気持ちいいでしょ?」
「……そ、そういう意味では……」
「前までは独学で魅了(チャーム)を使ってたからさ、失敗して変な感じにさせてたかも」

 それを聞いたエメラは毛布を乱暴にめくり上げて起き上がった。強く握りしめた両手の拳が怒りに震えている。

「じゃあ、わたくしが毎晩、変な夢を見たり記憶が曖昧だったのは……!」
「あぁ、不完全な魅了(チャーム)をかけたせいだね。ごめんね」

 そんな無邪気な笑顔で軽く謝られてしまうと怒る気も失せてくる。
 失敗した不完全な魔法をかけられたエメラに、悪夢と記憶障害という副作用が起きたのだ。
 エメラは急に虚しい感情に襲われて、力なく肩を落とした。

「そんな事をなさらなくても、わたくしは……」

 魅了(チャーム)を使わずに愛してほしいと思う心と、魅了(チャーム)のせいにして罪悪感から逃げたいと思う心が葛藤している。この迷いがあるうちはアディを心では完全に受け入れていないのだと思うと、それが更なる罪悪感として積み重なっていく。

 身体の熱が冷めると少し肌寒く感じてきた。体を縮こまらせた様子のエメラを見て、すかさずアディが自らの肌で温めるようにして後ろから抱きしめる。

「ねぇ、僕を愛してる?」
「……はい。もちろんですわ」
「でも言葉だけじゃダメなんだよ。ねぇエメ姉、はやく身籠ってよ」

 アディの囁く愛の言葉が、まるで呪いの言葉のように聞こえる。
 懐妊は結婚の成立を意味する。そのためならアディは魅了(チャーム)だろうと何だろうと、あらゆる手を使うだろう。

「エメ姉、愛してるよ」

 エメラの側近としての責任感が、アディへの愛に歯止めをかける。

 今のアディは、まだ魔獣王には相応しくない。
 魔法もだが、人としての振る舞い、知識や経験も足りない。しばらくは側近としてサポートしながら育てていく必要がある。

 せめて現在の正式な魔獣王である父のディアが、息子のアディを認めて王位を譲るまでは。それが魔獣界の未来のためなのだ。

 そして、エメラ自身が過去の未練と罪悪感を断ち切り、心からアディを愛せるようになるまで時間がほしい。
 それまでは、どんなに愛を注がれても結婚……いや、懐妊する訳にはいかない。

「エメ姉も僕を愛してるなら……身籠って」

 狂愛と魅了(チャーム)を持ち合わせたアディの前では、それは時間の問題でしかなかった。