魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 魅了(チャーム)の魔法とは、惚れ薬と同じ効果で、相手を魅了し惚れさせる。
 それを聞いたクルスの反応は予想通りだ。

「なら、僕も魅了(チャーム)の魔法を習得します。そしてエメラ様に使いますね」
「……事前に使用を宣言するなんて、大した自信ですわね」

 呆れ顔で返すエメラには危機感がない。クルスが魅了(チャーム)を使ってきても、自分はかからない自信があるからだ。

 とりあえずエメラは本棚の高い位置から数冊の魔法書を取り出して手に持った。辞書のように厚い書物なので、背伸びした足がバランスを崩してよろけた。
 すかさず、クルスがエメラの体を抱いて支えた。

「重いでしょう。僕が持ちますよ」
「……ありがとうございます」

 クルスが手を差し出したので、エメラは素直に魔法書を手渡した。
 そういう紳士的な態度は素直に惚れ惚れする。アディが少年のように無邪気な分、クルスの大人っぽさが際立って見える。
 彼は案外、アディの側近に相応しいのかもしれない。

 そして図書館を出て執務室に戻り、魔法書をアディに渡した。
 しばらく黙々と魔法書を読んでいたアディだったが、次第にニヤニヤと変な笑いを浮かべてデスクの正面に立つエメラを見上げた。

「ふぅん、魅了(チャーム)ねぇ……エメ姉ってば可愛いなぁ。そんなに僕に使ってほしいんだ」
「……え!?」

 思いがけないアディの言葉にエメラは驚愕する。
 魅了(チャーム)が書かれた魔法書は持ってきていないはず。これではエメラがアディに激しい愛を求めているように見えてしまう。
 思い当たるのはクルスしかいない。先ほど魔法書を手渡した時にすり替えたのだろう。
 その意図は分からないが、そ知らぬ顔でクルスが会話に入ってくる。

「でも、アディ様とエメラ様は婚約して両思いなのに、魅了(チャーム)を使う意味はあるんですか?」

 エメラにしてみれば、両思いと知ってて追いかけてくるクルスの方が意味が分からない。
 しかしアディは楽しそうだ。

「クルスくん、いい質問だね。エメ姉、説明してあげて」
「……はい。魅了(チャーム)の魔法は『希少種の繁殖』を目的とした使用は合法です。魔獣界では主に両思いや婚約者どうしで使用されますわ」

 魅了(チャーム)は、相手を惚れさせるだけの魔法ではない。
 両思いどうしで使用する事で愛を深め、繁殖を促し補助する。希少種だけが住む魔獣界だからこそ合法となる魔法なのだ。

 魔獣界での結婚の条件である『婚約中に懐妊する』という掟も、この魔法によってハードルは低くなる。