魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 そんな朝を過ぎれば、いつもの日常が訪れる。

 執務室のデスクに着席するなり、アディは腕を組んで何かを考え出した。

「思ったんだけどさ。仕事もいいけど、魔法の勉強もしたいな」

 デスクの側に控えていた側近のエメラとクルスは、何事かと黙って見守る。

「という訳でさ、エメ姉。魔獣王として学ぶのに相応しい魔法書を持ってきてよ」

 魔法書とは、魔法の使い方が書かれている本である。
 アディは魔界の高校を卒業して基本的な魔法は使えるが、王のみが扱える高度な魔法は習得していない。本来は魔法を学んでから王に就くべきで、順序としては逆である。
 しかしエメラは感激して、胸の前で両手を合わせて瞳を輝かせた。

「まぁ! 自ら進んでお勉強をなさるなんて偉いですわ、アディ様!」

 寝起きの時の憂鬱はどこへ飛んだのか、テンションの差が激しい。さすがのクルスも少し引いている。

 今のエメラは婚約者ではなく、アディを幼い頃から見守り続けてきた親心の目をしている。
 それに側近としても、いずれ正式な王となるアディが自覚を持って勉学に励もうとする姿勢が嬉しい。
 これは気が変わらないうちに背中を押すべきだろう。

 正直言えば、アディはまだ魔獣王を名乗らずに勉強に専念してほしい。仕事なら今まで通りエメラが全て引き受ける。その方が魔獣界は安泰だろう。

「それではさっそく、図書館へ行って魔法書を選んできますわね!」

 アディは、チラっと横目でクルスを見た。

「あ、エメ姉。クルスくんも一緒に連れて行って、図書館を案内してあげなよ」
「はい、承知致しましたわ」

 まだ側近となって日が浅いクルスは図書館に行った事がない。日々、何かとエメラに城内を案内してもらいながら、側近としての仕事をこなしている。

 エメラとクルスが執務室を出て、並んで城の長い廊下を歩いていく。
 エメラは、すっかりクルスを警戒する事を忘れている。普通に城で仕事をしている分には、クルスは至って問題はない。本性を出していないだけだと知ってはいるが。
 今もクルスは純粋な瞳を輝かせてエメラを見ている。エメラと一緒に歩いているだけでも嬉しいのだ。

「図書館って、どこにあるんですか?」
「城内にありますわ」
「あ、なんだ、そうなんですか……」

 なぜかクルスはがっかりと声を落とした。エメラと二人きりで外出するチャンスとでも思ったのだろう。