魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 さすがに居心地が悪く感じたのか、クルスが席を立った。しかし笑顔だけは崩さない。

「これ以上はお邪魔になると思いますし、僕は失礼します」

 仕事上の事ではなく、二人の仲の邪魔という意味にも聞こえる。
 エメラはアディの抱擁から逃れると、退室しようとするクルスの背中を追う。

「エメ姉、どうしたの?」
「門の前までお見送りしてきますわ!」

 意外にもアディはそれを引き止めなかった。
 二人が退室して執務室に一人になると、アディはデスクに肘をついて含み笑いをする。

「ふふっ、楽しくなってきたね」



 エメラはクルスと共に城のエントランスホールまで来ると、そこで足を止めた。
 そして少し端の方へと移動する。幸い、周りに人はいない。

「クルスさん。一体、どういうおつもりですの?」

 エメラは今までの疑問を全てぶつけるようにして問い詰める。内容が内容だけに、かなり小声であるが。
 クルスはキョトンとしたが、すぐに笑顔になる。どうも、この表情の変化も演技に見える。

「いやぁ、側近の募集をしてるって知った時は、これだ! って思いましたよ」
「……求婚はお断り致しました。潔く諦めて下さいませ」

 ハッキリ答えないクルスに対して、エメラは堂々とした言葉で突き放す。
 迷惑というよりは、クルスの身を案じているのだ。だからこそエメラはアディに、クルスが求婚してきた相手だという事を明かさなかった。
 当然ながらクルスは、そんな心配や言葉だけでは引かない。

「諦めませんよ。僕は何百年もエメラ様を追ってきたのですから」

 爽やかな笑顔の裏に見えた彼の本質。
 エメラはこの時、初めてクルスに恐怖を感じた。彼は単に一途で執念深いだけではない。もっと深くて暗い闇を持っている。
 深追いは危険だが、エメラも怯む訳にはいかない。弱さを見せたら負ける。

「何度も申し上げますが、わたくしはアディ様と婚約しております」
「はい、知ってます。それが何か問題あるのですか?」
「え……」

 さすがのエメラも言葉を失った。そして問題があるのは確実にクルスの人格だと確信した。
 クルスが歩み寄って来たので、エメラは思わず後ずさる。しかしすぐに背中が壁に当たり、逃げられない。
 眼前に迫るクルスの顔は、その髪型も瞳の色もアディと同じで……抗えない魔性に支配されそうになる。