魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 強引に要求したエメラからのキスで、ようやく起きたアディは朝食後に執務室に入る。

 以前はエメラが座っていたデスクだが、今はアディが座る。魔獣王として国を治めるのだから当然だ。
 側近のエメラは横に立って控えている。

「それではアディ様。今日のお仕事ですが……」
「あ、今日はまず、新しい側近の面接をするよ。もうすぐ来るから」
「え……」

 アディはいつの間にか勝手にスケジュールを組んでいた。それでもエメラは何も言い返せない。全ての主導権はアディにあるのだから。
 しかし仕事のペースを乱される事は側近として許し難い。

「せめて事前に言ってほしかったですわ」

 エメラは怒るというよりは少し拗ねた顔をする。その顔が普段の大人らしさとのギャップで可愛らしくて、アディの口元が緩む。

「まぁ、いいじゃん。これも重要な仕事だからさ」
「そうですけれど……」

 エメラの現在の役職は『魔獣王の側近』だが、結婚して王妃になれば後任の側近が必要となる。
 正確には今のアディは『自称』魔獣王なので、エメラが正式に王妃の肩書きを持つのは少し先になる。
 それでもアディが新たな側近の選定を急ぐ理由は、早くエメラと結婚したいという願望の表れに違いない。

 すると、執務室のドアがノックされた。アディは王らしく姿勢を正す。

「今日の面接希望者が来たよ。エメ姉もしっかり審査してね」
「承知致しました」

 アディの横に立つエメラは背筋を伸ばして待ち構える。
 事前の書類審査にエメラは関わっていないので、志願者とは面接で初めて会う事になる。

「入っていいよ」

 アディの返事を受けて、執務室のドアが静かに開く。そして礼儀正しい所作で部屋に入ってきたのは、アディくらいの若い青年だ。
 エメラは口こそ閉じているが、目を見開いて固まった。見覚えのある青年だからだ。
 その青年がアディのデスクの前で立ち止まり、一礼をする。

「アディ様、初めまして。僕はクルスと申します。よろしくお願いします」

 エメラは彼を忘れもしない。先日、森で密猟者から助けた青年だ。
 深緑の髪に金色の瞳、その爽やかな笑顔すらもアディに似ている。

(どういう事ですの? クルスさんが側近の志願者……!?)

 エメラは動揺して金の瞳を泳がせるが、クルスはエメラとは目を合わせない。真っ直ぐに正面のアディを見ている。

 当然、アディはクルスと初対面。クルスこそが無謀にもエメラに求婚した男だという事を知らない。