魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 すると突然、アディがエメラを正面から強く抱きしめた。ここは城の出入り口で目立ってしまうというのに。

「アディ様……?」
「愛してるよ。エメ姉に求婚していいのは僕だけだ」

 少し意味が理解し難い違和感のある言葉ではあったが、エメラはそれを受け止めた。

「はい、アディ様。わたくしもです。どうぞご安心下さいませ」

 なぜか『愛しています』とは言い返せなかった。今も感じるこの胸の痛みは何なのだろうか。

 アディが自分に向けるのは、愛ではなく嫉妬だから?
 自分がアディに向けるのは、本当の愛なのだろうか?

 愛とは一体何で、何を真実の愛と呼ぶのだろうか。
 かつて愛した魔獣王ディアのおもかげを重ねながら、エメラは若き魔獣王であるアディを抱きしめる。


 ……だが、その日の夜。

 エメラが長い一日を終えて、ようやく自室へと戻った。
 今日は特に疲れた1日だった。思いっきりベッドに倒れたいと思い、真っ先にに奥の寝室へと向かった。

「こ、これは……」

 寝室を見たエメラは唖然とする。

 ……ベッドが、ない。

 まるでベッドだけが忽然と消えてしまったかのように、そこだけ大きなスペースが空いている。
 何が起こったのかは分からない。だが、誰の仕業なのかは瞬時に分かった。
 とりあえず寝間着に着替えたが、寝るためのベッドがない。思い立ったエメラは早足で部屋を出る。

 廊下を少し歩いた先にある部屋の前で止まり、ドアをノックする。すぐに返事が返ってきたので、エメラはそっとドアを開けて入室する。

「失礼致します。……アディ様」

 そう、ここはアディの自室だ。アディは大きなソファに堂々と座っていて、笑顔でエメラを迎えた。

「ふふ、エメ姉。よく来たね」

 よく来たも何も、エメラの部屋からベッドを撤去したのはアディしかいない。
 それが意味するアディの思惑も簡単に読み取れる。だからこそ、エメラは寝間着に着替えて来たのだ。

「アディ様。何も、あそこまでしなくても……」
「これからは僕のベッド以外で寝るの禁止だからね」

 こうしてまた、エメラに対しての禁止事項が増える。
 やはり、アディはあの一家の血筋だ。『婚約したら添い寝』という伝統をしっかり受け継いでいる。

「さぁ、今夜から一緒に寝るよ」



 まだまだ、これは始まり。
 エメラを縛り、独占し、不要なものは排除する。
 そんなアディの狂愛が、魔界をも巻き込んだ大騒動を起こしていく。