魔獣王の側近は、ヤンデレ王子の狂愛から逃れられない

 悪魔という種族が生きる世界『魔界』の森の中に、『魔獣界』と呼ばれる世界がある。
 魔獣界とは、希少種の魔獣のみが暮らす街。魔獣とは言っても、全ての住民は魔法で人の姿に変身して暮らしている。
 そもそも、人の姿に変身できる魔法を使える魔獣は希少種のみ。

 魔獣であるエメラは、見た目は20歳ほどの女性。
 深緑の長いストレートの髪に、金の瞳。胸元が大きく開いた黒のロングドレスを纏ったその姿は、妖艶でありながらも上品な貴婦人のような佇まいだ。

 エメラはその日、魔界の森の中で『彼』の姿を見付けた。何百年も探し続けて追い求めた、愛しい彼の姿を。

「ずっと、貴方様を探しておりましたの。……魔獣王ディア様」

 エメラは青年の目の前まで歩み寄ると、なんの躊躇いもなく正面から抱きついた。
 魔獣王ディアとは、魔獣界を守る最強の魔獣であったが、何百年も前から行方不明であった。
 見た目はエメラと同じく20歳ほどの青年。ブルーグリーンの髪に、エメラと同じ金色の瞳。その瞳の色は、二人が同じ種族の魔獣である証。

「ディア様。わたくしと……結婚して下さい」

 エメラは数百年前から変わらない想いをストレートにディアに伝えた。
 だが、ディアは感情のない瞳で見下ろすとエメラの体を引き離した。

「申し訳ありませんが、お断り致します。私は魔獣王ではありませんし、貴方を知りません」
「え……?」

 エメラが見上げたディアの瞳は、彼女が知る過去の魔獣王の威厳に満ちた瞳ではなかった。
 そして彼は淡々と告げる。

「私には過去の記憶がありません」



 エメラが愛した魔獣王は、過去の記憶を失っていた。
 魔界の森で魔王に拾われたディアは、魔王の側近となり……すでに魔王の娘と婚約していた。

 エメラの恋は、数百年ぶりの再会の瞬間にディアの口から終わりを告げられた。