あなたにラズベリータルトを

 「バカを言え!そんなものが本当にあるはずがない!!
 」

 ハンスは慌てて妹を押し退けると、自分の目で確認しようとした。

 そして目を凝らすと、その景色に茫然とした。

 可愛らしいぽつんとたたずむ一軒家。屋根は黄色味がかったふわふわのスポンジケーキ。壁はこんがりとキツネ色に焼けた美味しそうなレープクーヘン。壁と煙突には赤や青、黄色やピンク色のアメ玉が一面に埋め込まれている。

 色鮮やかなアメ玉は宝石のように朝日にキラキラと輝き、夢見るような美しさだった。

 「あれは俺たちの作り話だ!お菓子の家なんてあってたまるか!!」

 「だって、あれ……」

 「そんな物があったら、俺たちはあのばあさんを殺さずに済んだんだぞ!」

 ハンスは嫌がる妹を怒鳴りつけると引きずるように腕を引っ張っる。

 家に近づくにつれ、風に乗って甘い香り が漂って来る。焼き立てのパンとバターたっぷりの焼き菓子の香りだ。

 朝食を食べなかった2人はそのこうばしい香りに、思い出したように激しい空腹を感じた。

 「あの時と同じだ。あの時もひもじくてたまらなくて……」

 ハンスは手にしたクワを地面に置く。家の玄関ドアにも色とりどりのアメ玉がはめ込まれ、ドアノブは白パンのようだった。

 玄関に続く数段の階段があり、ハンスはおずおずと階段の手すりに触れてみた。

 ザラリとした手触りに木製かと思って顔を近づけると、ビスケットだった。

 とまどいながらも慎重に階段に足を乗せる。

 すると意外にも、靴底にギシリと木のきしむ感触が伝わって来た。

 そしてそのまま5段他ある階段を上ると、ドアを開ける前に壁に手を触れる。

 そして硬い感触を手のひらで確認すると思い切り、レープクーヘンを両手で引きはがした。

 「見ろ、木の板にレープクーヘンを貼り付けただけだ」

 ハンスが振り向くと、スキを両手で握りしめ、固唾を飲んで見つめていたグレーテがこくりとうなずいた。

 「誰かが木組みの小屋に上から菓子を貼り付けただけだ。よく森の獣に喰われなかったな」

 ハンスがことさら陽気に話すと、グレーテもスキを手放し、階段をおずおずと上ってきた。

 彼女は玄関の左側のテラスに回ると、窓から中をのぞき込もうとガラスに顔を近づけた。

 くもりガラスは朝日にピカピカに光っていて、室内はよく見えない。

 その時ふと、グレーテは唇を寄せ小さな舌先で、ガラスをなめてみた。

 「甘い……これ、砂糖よ!」

 「だから何だ。金持ちの道楽だろうさ!さあ、さっさと中をあらためたら帰るぞ!」

 ハンスはだまされた気がして、腹立ち紛れに乱暴にドアノブを回す。パン生地の柔らかな感触がしたが、同時にしっかりした金属か木の芯の感覚があった。

 あんなに怯える必要はなかったんだ。

 これで魔女退治も
 しなくて済む。

 金の工面にまた頭を悩まさなければならないがなに、いつものことだ。家の中に財宝がないと納得すれば、グレーテもあきらめるしかない。

 とにかく、2度めの過ちだけは犯さずに済んだんだ――――。

 ハンスは気が楽になると、ドアを開けて室内に足を踏み入れた。

 ハンスが入るとグレーテもしぶしぶ後に続く。

 室内は薄暗く、玄関ドアを開け放してないと足元も見えない。光の入る窓はテラスのあの窓だけであとは壁のみだ。

 外の明るさから、室内の暗さに徐々に目が慣れる。

 すると2人は目の前の光景にしばし、息を飲んだ。

 広くはない部屋の真ん中には、テーブルの上に所狭しと並べられたご馳走の山があったからだ。

 真っ白なテーブルクロスの上には色鮮やかな花々と果物が飾られ、中央にはこんがりと焼けたチキンの丸焼きが置かれていた。

 そして何より2人の目を釘付けにした物は、純白の大皿に載った、真っ赤なラズベリータルトだった。

 コロコロとした大粒のラズベリーは、窓から差込む柔らかな朝の光にツヤツヤと輝いて見える。

 テーブルに飾られた花よりも可憐で、宝石より魅惑的な甘さを感じる美しさ。

 おそるおそる近づく2人は、まるで甘やかな香りに誘われた蜜蜂のようだった。