あなたにラズベリータルトを

 「今帰ったよ、グレーテ」

 ハンスが診療所から家に戻った頃には、夕陽が窓から差し込む時刻になっていた。

 「お帰りなさい。その顔だと話はうまくついたのね」

 「ああ!結局は金さ」

 ハンスが上機嫌で微笑むと、グレーテは顔を曇らせた。

 「そのことなんだけど……」



 「金がないって、どういうことだ!」

 言いよどむ妹に最初は穏やかに話していたハンスだったが、予想だにしなかった答えに激昂した。

 「もちろん、兄さんの学費には手を付けてないわよ!ただ……」

 「結婚資金か……」

 あのずる賢いテオの両親が考えそうなことだ。持参金の名目で例の財宝をしぼり取る気なのだ。

 「やめる気はないのか、結婚」

 「そんなことできないわ!今まで金持ちの男たちの気を引くために、いくら使ったと思ってるのよ!?」

 外見を美しく飾り立てるために、かなりの浪費をしたのだろう。それがわかっていてもハンスは妹を責める気にはなれない。コネも力もない貧乏人が底辺から這い上がるには、虚飾も必要だからだ。

 「それで、どうするつもりだ」

 もともと、魔女の家から奪った財宝はそれほど多くはない。それなのに俺たち兄妹は、気取った町の人間に受け入れてもらうために、ことさらに魔女の財宝を喧伝した。そのせいで両親と俺たち兄妹は、大人といわず子供からまで、金をせびられたものだ。

 「ねぇ、またやらない?」

 「何を」

 「決まってるでしょ」

 グレーテは唇を歪ませて笑った。

 「魔女退治よ」

 「お前、何を言って……」

 「シスター・テレーゼに聞いたの。最近あの森に、また魔女が棲みついたって……」

 テレーゼとはグレーテと親しい修道女だ。グレーテは姉のように頼りにしていた。

 「だから森に近づいてはいけませんよって。ねぇ、渡りに船じゃない?」

 グレーテの瞳は熱を帯びてギラギラと輝いていた。

 「今度の魔女だって、財産を貯め込んでるに違いないわ!兄さんだって将来もっとお金が必要になる!だからやりましょうよ、ね……?」

 青い炎のように底光りのするこの瞳に、俺は今度も逆らえないのだろうな、とハンスは哀しみにも似たあきらめを覚えた。

 「いいぞ、準備しろ。明日の夜明に出発する」

 ハンスが押し殺した声で答えると、グレーテは満足そうにニッコリと微笑んだ。