あなたにラズベリータルトを

 「立派になったねハンス。見違えたよ」

 ハンスはお茶を飲んだ1時間後には、ノイマン医師の診療所にいた。彼はハンスたちがこの町に来た頃にこの診療所を開業した。10年前になる。

 「医学部に進学したんだったね。将来は町で開業するのかね?」

 青年医師であるノイマンは、穏やかな茶色の瞳で尋ねた。

 「実はそのことでご相談があるんです。先生はラインハルト教授をご存じですか」

 「ああ、医学界の重鎮だね。大学時代の私の恩師だよ。それが?」

 「ぜひ僕に紹介していただけませんか!?」

 ハンスは座っていたソファから身を乗り出した。

 「僕みたいに両親もなく、良家の子弟でもない男はいくら大学で頑張っても将来はたかが知れてる!もし教授を紹介して頂ければ大学に残れて研究者の道も開けます!もしダメでも教授が後ろ盾になってくれれば卒業後の開業資金集めも容易に──」

 ハンスが熱心に話し続ける間、ノイマンは形の良いあごに指を添え、静かに聞き入っていた。

 「つまり君は私に、教授との面会のお膳立てをして欲しいんだね」

 やっと話が一区切りついたところで、ノイマンはハンスの瞳をのぞき込むようにして尋ねた。

 この人の澄んだ茶色の瞳で見つめられると、隠していた卑しい本心を見透かされてしまう気がする。

 ハンスは一方的に話したことを悔いながらも黙ってうなずいた。

 「ご両親は他界されているね?」

 「はい、5年になります」

 気が弱く、いつも母の言いなりだった父。木こりを辞めて色んな商売に手を出したが結局長続きせず、酒浸りになって死んだ。

 母はそんな父に愛想を尽かし、若い男と駆け落ちしたが金が尽きるとすぐに捨てられ、旅先で没した。

 だが、それでよかったのだと思う。父の商売の元手も酒代も、母の駆け落ちの費用もすべてあの出来事で俺とグレーテが持ち帰った財宝なのだ。そもそも、この町に移り住めたのも俺たち兄妹のおかげだったのだ。

 あのろくでなしの両親が生きていたら今頃はとっくに財宝を使い果たし、俺は大学にも行けやしなかっただろう。

 「親がいない事で教授の不興を買いますか」

 「いや、それはない。ただ何分お忙しい方だからね。面会にはそれ相応の手土産が必要だね」

 「それはもう」

 ハンスは我が意を得たりとニヤリと笑った。

 「教授への手土産ならお任せください。まだまだそれくらいの資産はあります。何せ僕は、“魔女殺し”の英雄ですからね!」

 そう言うとハンスは胸を張り大笑いした。