あなたにラズベリータルトを

 「お帰り、ハンス兄さん」

 「グレーテ、久しぶり」

 大学の夏休み。18歳になったハンスは故郷の妹の家に帰って来た。帽子と旅行鞄を彼女に渡し、ドアを閉める。質素だが手入れの行き届いた居間に通されるとほっと一息つく。

 「都の生活はどう?」

 「ああ、田舎とは大違いだな。何もかも」

 森の近くの父親の薄暗い木こり小屋からこの町に移り住んだ頃は、人と店の多さに目を丸くしたものだ。だがそれも都とは比べものにならないほどお粗末なにぎわいだったと、今ならわかる。
 そして、兄のためにいそいそとお茶の用意をする2歳年下の妹をぼんやり眺めながら、グレーテもすっかり女らしくなったと感心する。

 「ずいぶん、ご機嫌だな。俺が帰ってそんなに嬉しいのか?」

 空腹でいつも泣いていたあのチビが、と思うと自然に目頭が熱くなる。鼻歌交じりにテーブルにカップを並べていたグレーテはそんなハンスに陽気に答えた。

 「残念でした!私のご機嫌の理由はね、求婚されたからでした!」

 「本当か相手は!?」

 いたずらっ子のように舌を出して兄の向かいに座る妹に、ハンスは身を乗り出す。

 「テオよ」

 「え?金貸しの息子のあのテオドールか!?」

 あの出来事を機に、木こりを辞めこの城郭都市に移り住んだ両親。その両親とともに来た自分たち兄妹を『木こり猿』とイジメていたのが高利貸しの息子、テオドールだった。

 「お前、忘れたのか?確かに奴の家は金持ちだが子供の頃、どれだけ……」

 「きれいになった私の勝ちよ」

 「え?」

 「私も兄さんと同じ。いつまでも泣き虫の猿じゃないわ」

 グレーテの青い瞳は燃えるように輝いていた。その輝きは踏みにじられ、血を吐くような努力の末に幸福を手にした者の優越感であることを、ハンスは容易に理解した。

 「考えてもみれば、最高の復讐だよな。俺たちをさんざんバカにしたヤツの財産を、結婚でそっくりかっさらうんだからな」

 ハンスは元気づけるつもりで言ったのだが、なぜかグレーテは今までとは打って変わって浮かない顔をした。

 「そのことで相談に乗って欲しいの。長旅で疲れてるでしょうから、今夜にでも……」

 「ああ、いいさ。一休みしたらノイマン先生のところに行って来る。その後に話そう」

 ハンスは妹の思い詰めた表情を気遣いながらも、何食わぬ顔で淹れ立てのお茶を飲み干した。