それからジェイドは、伯爵家に戻る馬車の中で、アニスから信じられないことを聞かされた。
それは、リディアが十年分の記憶を失ってしまったということだった。
「記憶がない? それは一体どういうことだ!? リディに何があった! 医者には診せたのか!?」
「診せておりません。旦那様が、医者は呼ぶなと」
「何故……!」
ジェイドは憤った。
十年分の記憶を失ったということは、当然、自分のことも覚えていないということだ。
そんな状態にも関わらず、医者に診せていない――その状況が理解できなかった。
けれどジェイドは、その理由をすぐに知ることになる。
アニスから放たれた、ある一言によって。
「それは……お嬢様が"禁忌魔法"に手を出してしまわれたからです」
「禁忌魔法だと!?」
禁忌魔法――それは、自身の魔力を源にして魔法を奮うのではなく、それ以上の対価を支払って発動させる魔法の総称だ。
対価は大抵の場合、代償という形で術者に返ってくる。
危険性が高いため使用は禁じられており、使ったことが役人に知られれば、貴族だろうが容赦なく牢獄行きだ。
(そんな魔法を、リディが?)



