「ジェイド様……!」


 リディアは邸宅に踏み込んだ。玄関の鍵は開いていた。

 室内は異様なほど静まりかえっている。
 人の気配はなく、重い空気が満ちていた。


「ジェイド様! いらっしゃるのでしょう……!?」


 一階を抜け、階段を駆け上がる。
 そうして、二階の奥、寝室と思しき部屋の扉を開けた瞬間――リディアは凍りついた。

 窓際。壁にもたれかかるようにして、ジェイドが崩れ落ちていた。
 まるで消えかけた蝋燭の炎のように、力を失った体が、冷たい床に倒れていた。


「ジェイド様!」

 リディアはジェイドに駆け寄り、頬に手を触れる。

(冷たい。……いつから倒れていたの?)

 リディアは部屋を見回し、急いで暖炉に火の魔法を放った。
 薄暗かった部屋に灯りが灯り――リディアは、気が付く。

 テーブルに、大量の魔力石が積まれていたのだ。そのどれもがジェイドの魔力で満たされ、淡く青い光を宿している。
 その隣には、禁忌魔法の術式を記した資料が散乱していた。

(やっぱり、ジェイド様は……)

 リディアは悟った。

 ジェイドは父が予感した通り、禁忌魔法を使うつもりでいたことを。
 その発動に必要な魔力を、魔力石に蓄え続けていたことを。

(こんなに沢山の魔力石……ジェイド様の魔力量では一年かかってもおかしくないのに。きっと相当な無理を重ねていたはずよ)
 
 リディアはジェイドの体に両手を添え、回復魔法を発動させる。

 記憶を失ってからと言うもの、殆ど使ってこなかった魔法。けれどやっぱり、使い方は身体が覚えていた。

「お願い、目を開けて」
 
 ジェイドは魔力切れを起こしている。それを補充することはできない。
 けれど、削り取られた体力を回復するだけでも、多少はマシになるはずだ。

 そんなリディアの予想は当たり、しばらくして、ジェイドは静かに瞼を上げた。