「レディ。よければ、あなたの名前を教えていただけないでしょうか?」
「名前、ですか?」
「はい。あなたの名を呼びたいのです。……駄目でしょうか?」
「いえ……名前くらいなら……。その――リディア、です」
「リディア。とても美しい名だ。私のことは、気軽に"ジェイド"とお呼びください」
「……ジェイド、様?」
「敬称はいりません。私は爵位を持たぬ身ですから」
「そんな……殿方を呼び捨てにするなど……わたしには、とても……」

 随分積極的だな、と思った。
 けれど、不思議と嫌な気はしない。

 とは言え、初対面の男性を呼び捨てにするのは流石に憚られたリディアは、遠慮がちに瞼を伏せる。
 するとジェイドは少々残念そうに眉尻を下げたものの、すぐにニコリと微笑んだ。

「さすがに気を急きすぎました。今夜は遅いので、明日、また出直すことにします。そのときは、もっと沢山あなたのことを聞かせてください。では――今宵はこれにて」

 ジェイドはそう言い残し、名残惜し気に背を向ける。

 だがリディアは、遠ざかっていくその背中を見て、言いようのない寂しさに襲われた。
 気付けば、声を上げていた。

「お待ち、しております……!」

 するとジェイドはピタリと立ち止まり、振り返る。
 その顔には、闇夜にも負けない満面の笑みが浮かんでいて、リディアの心臓が、きゅっと音を立てた。
 
「また、明日」と微笑むジェイドに、リディアはこくりと頷く。

(……"また、明日")

 ほんの些細な言葉なのに、リディアは、胸の鼓動が早まるのを感じていた。