アニスに連れられ庭に降りると、夏の爽やかな夜風が肌を撫でた。
月明かりが、花々を優しく照らしている。
リディアはしばらく、アニスと庭園を歩いた。
けれど、中ほどまで来た当たりで、不意にアニスの姿が見えなくなる。
「……アニス?」
声をかけてみても、返事はない。
先に行ってしまったのだろうか。
不安になりながら歩を進めると、薔薇園の真ん中に人影があった。
アニスかと思って近づいた瞬間――違う、と気付く。
黒い外套を纏った、逞しく精悍な顔つきの青年。
暗い色の髪と瞳が、月明りにぼんやりと浮かんでいる。
「……どなた?」
無意識のうちに声を零すと、青年はゆっくりと振り向き、目が合った。
青年は一拍置いて、穏やかに微笑む。
「こんばんは、レディ。私は、ジェイド・マクラーレンと申します」
――マクラーレン。その名には聞き覚えがある。
確か、この国の騎士団長の姓だ。新聞の記事に、その名があった。
「騎士団長様のご子息ですか?」
「はい。騎士団長は私の父です。今日は貴方の御父上――ヴァロア伯爵に用があって参りました。庭園が素晴らしいと伺ったので、こうして見せていただいていたところです」
「そう、ですか……」
(何かしら、この感じ……)
知らないはずなのに。
初めて会う相手なのに。
どうしてこんなにも、胸が騒ぐのだろう。



