信頼が深まる。温かな料理に優しい態度。誠実な対応。
全てが揃い、時間が経てば信頼という形のないものが組み立てられる。
良くも悪くもすぐに人を信じるタイプ。
だから、婚活を始めてすぐに出会った今の彼氏と同棲した。彼の本性はすぐに現れた。
それからは落ち着く日はなかった。
こんなに穏やかな気持ちで過ごせたのは久しぶりだ。
本当にドキドキしながらの穏やかな日が過ぎた。
相変わらず仕事をしながら、大きなお屋敷で何不自由なく暮らす。
絵本で見たシンデレラのような日常だった。
社長はほとんど家にいないため、一人暮らしの御曹司がお手伝いさんを雇っているというような構図となっていた。
寝る場所と料理を無条件で提供される。
献身的な真王に対して、私の心と胸が熱くなっていた。
「今夜は一緒にいてください。彼氏が探しているかもしれない。でも、もう帰りたくない」
涙を流しながら訴える。
心が壊れかけていた。会社に行くのも彼氏が怖くて真王の専属運転手の車で行っていた。
下手に外出すると見つかる危険がある。
真王はいつも一緒に出勤して退勤してくれた。
仕事中ですら真王に会えないことがなにより辛くなっていた。
彼といると安心する。
「もちろんずっとここにいてもいいよ。もちろん、寝る場所は別の部屋だから安心して」
優しい人だ。
会社では地味な社員として偽名で若手社員として働く。
地味ながら確実に丁寧に仕事をする人だった。
品がありきれいで優しい華やかな人だ。
女子社員たちは好意的な目で見ていた。
もちろん御曹司なんて知らないけど、彼のイケメンぶりは目立っていた。
別の部屋で寝るから、安心して、という言葉にがっかりした自分に気づく。
一緒の部屋で、一緒の布団で眠りたい。そう思っていた。
「真王くんのこと、教えてほしいな」
「話すことなんて何もないよ」
やはりどこか影がある。
「じゃあ、私の話を聞いてよ」
「もちろん」
真王は緒二子の一番になるために懸命に尽くしていた。
それはまるで合法的な誘拐犯となるかのように。
一緒に映画を観ることも増えた。
自分と音楽や映画の趣味が合っていた。
余命系の映画は彼は何度も観たらしく、小説の原作との違いなどの感想を言い合った。
しかも私が好きな少女漫画を彼はなぜか読んでいて、非常に詳しかった。
話が合うな、運命とはこういう人なのかもしれない。
簡単に運命なんていう言葉を信じるのは私の悪い癖だ。
婚約した彼とも運命だと思ったのに、結局彼は暴力行為を行っていただけだった。
真王が好きだ。私の心は完全に奪われた。
あんなに紳士的で優しい彼のことを慕わずにはいられなかった。
あるのは真王への忠誠と愛情だった。
ある時、ふと奥の部屋を見つけた。
ここは、昔真王が勉強させられていた監禁部屋のように思われた。
外から鍵がかけられる使用になっていた。
普通は内側に鍵がついているはずなのに。
こんな感じの監禁勉強部屋の話をしていた眼鏡のお兄さんを思い出した。
小学生の頃の初恋の人。
どこか寂し気で影のある人。
名前も知らないまま終わった恋。
今思えば、お互いが慰めあう関係だった。
勉強机に辞書、図鑑、資料集などが大量に置いてある。
小学校時代から大学の頃に使っていた部屋なのかもしれない。
奥行きはあり、本の数はちょっとした図書館のようだった。
すべてが勉強の本。何やら難しい本ばかりだった。
抜け出せないような小さな窓は天井近くにあり、薄暗い。
難しい経営学やビジネス書も並んでいた。
たくさんの努力の証のようにも思えた。
きっと努力家なのだろう。
この日は会社の上層部の会議があり、真王は隠れて社長の息子として参加することとなっていた。
もしかしたら、この部屋にプライベートな物はしまっているのかもしれない。
ドキドキしていた。
でも、こんなことがばれたら嫌われるかもしれないと、扉を開けることをためらってしまう。
彼はあまり自分を見せない。
だから、知りたい。
その部屋の引き出しには社内で撮られたと思われる私の写真があった。
普通ならば気持ち悪いと感じるかもしれない。
一瞬固まったのはある。
隠し撮りされているものだった。
遠方から撮ったようで、緒二子が気づいていない写真ばかりだ。
中学生の頃の私もいる。高校生の私もいる。
写真には遠目から見ただいぶ昔の自分が収まっていた。
そんなに前から私を見ていたの?
どこで知ったのだろう?
なぜ?
これは、片思いされていたのだろうか?
言い方が悪いが、ストーカーなのかもしれないと思う。
出会った日もタイミングが良すぎる。
難しい書籍の中になぜか私が好きな少女漫画が置いてある。
私が好きな映画のDVDや歌手のCDや小説も置いてあった。
これは彼が偶然好きだったわけではなく、私が好きなものを買っていた?
映画は余命系の泣けるものが好きだとSNSに投稿したことがある。
原作小説も私が好きな物として投稿していた。
音楽も今はまってるアーティストとしてこの歌手をあげていた。
少女漫画も映画も自分のSNSに投稿したものばかり。
きっと私の名前を調べて知っていたのだろう。
これは、不器用なこじらせた性格なのだろうか。
ストレートに告白してもらったら快諾したと思う。
これは、ストーカーと言ってもいいのだろうか。
愛が重いととらえたらいいのだろうか。
でも、彼はずっと一途に愛してくれていた。
でも、いびつな愛しか知らない私は心が浮かれてしまっていた。
これは、自分を愛してくれていたという証拠だ。
そう思うと一層彼のことが愛おしく感じた。
真王はずっと一途に思っていてくれた。ずっと気に留めてくれていた。
そのことを確認したいと思い、就寝前に会議から帰宅した彼の部屋を訪れた。
「真王君は私のこといつから知ってたの?」
「会社の入社試験だよ」
「いつから私を見ていてくれたの?」
「何の話?」
「好きでもない私にこんなに丁寧に扱うことは普通はないでしょ。もっと前から知っていたんじゃない?」
「……」
顔が真っ赤になり、不器用さが顕著に表れる。
「ずっとしゃべってみたいと思っていたんだよ。でも、タイミングがなくて。偶然、あの日、彼氏に怒鳴られているのを聞いて、助けたいって思ったんだ」
「偶然? 私の住所知っていたんじゃない? 社長の息子だから、色々調べられると思うし」
「ストーカーとかそういうつもりじゃないんだけど、彼氏の怒鳴り声がひどいとか噂になっていた。頬にあざがあったり、心配な時も多くて。同じ会社にいても、話しかけられない。情けないよな。なんとか助けたくて、緒二子ちゃんの彼氏にわかれてほしいとお金を渡そうとしたが、拒否されてしまった」
無言になる。
頬を赤らめ、困った顔をする。
「善意で助けたいと思って、あの付近にいたのは確かだよ。いつも、彼が帰ってくると怒鳴り声が聞こえるのはこのあたりでは有名だったから」
「もっとちゃんとした形で声をかけてほしかった。ちゃんと話してくれたら、婚活もしなかったし、あなたを好きになれたと思う」
「こんな奴、もう好きになれないよね」
真王は相変わらずネガティブ思考だ。
「でも、こうやって助けてくれた恩人だから嫌いじゃない。あなたには勇気が足りないんじゃないかと思うの」
うじうじしていて、でも、一途でまっすぐで、大切にしてくれる人。
告白してほしい。
「まだ私、告白されてないんだけど」
「俺に告白するような資格はないよ」
ストーカーまがいののくせに、何を言ってるの?
ここはチャンスじゃないの?
告白しないなんて。
「俺、自分に自信がないんだ」
「顔立ちもきれいな塩顔だし、スタイルもいいし、仕事もできるでしょ」
「そうなの?」
彼は容姿に反して女子に人気があるという自覚がないようだ。
「性格は昔からおとなしいというか暗いし、目立つことはできなかった。ただ親の七光りと言われていたから、お金目当ての女子が近づいてくるくらい。だから、偽名で会社に在籍したんだ。目は一重で細いし、暗いから自信が持てないよ」
すごくネガティブな発想だ。
こんなに恵まれた環境と容姿なのに。
「女子に小学生の時からいじめられたりすることが多くて、いじめてくる女子にバレンタインチョコを渡されたんだけど、何か悪いものが入ってるんじゃないかと怖くなって捨てたんだ。それを見て女子に激怒されたこともあったな」
「それって、好きな男子をいじめていたとかそういうパターンじゃない? 思い切って告白してみたけど、チョコレートを捨てられて怒ったとか」
「その発想はなかったな。小学生の頃、俺の体は平均より小さかったから背の高い女子が怖かったのはあったよ」
「中学の時も女子がからかってきて、ある時、罰ゲームで告白してきたらしいんだけど、怖くなって先生に言ったんだよ。そうしたら、学級会で問題になって、それから一言もしゃべらないで卒業したこともあったな。女子もそれ以来罰ゲームで告白なんてしなくなったしね」
これは、本気の女子がフラれたと思い、他の女子も学級会で自分の告白をみんなに知られたくないのでは。
「もしかして、罰ゲームじゃなかったんじゃない? 学級会で問題になるなら、誰も告白しなくなる流れだよね」
びっくりした顔をする。そういう発想はないらしい。
「高校の時、男子からのいじめがひどくなって、その時に近所の小学六年生の女の子が話を聞いてくれたんだ。自分より小さいし、優しい女の子だった。名前を聞いたんだけど、緒二子って言っていたんだよね。ずっとその子のことは気になっていたんだけど、それっきり会えなくなって」
「私、子供の頃、この辺に住んでたかも。中学生になって引っ越したんだけど」
「ネットで検索したんだけど、中学校で絵画展で賞をとったとかそういう情報から、中学校を知っていたんだ。ごめん勝手に調べたりして。その後も、緒二子ちゃんのSNSを見つけて時々見てた。本当にごめん」
申し訳なさそうにされてしまった。
それは初耳だ。私はたしかにこのあたりの公園で高校生の眼鏡のおにいさんと話をしたことがあった。
いじめられていた話もしていて、私も悩みを相談していた。
眼鏡をかけていてもイケメンなのは変わらなかった。
ただ幸が薄そうで、あまり元気なイメージではなく、影があるなとは思っていた。
御曹司のイメージとは程遠い感じがしていた。
「私は、その当時、親からいじめられていたんだ。家庭が混沌としていた時期に両親が離婚して、一応母親が引き取ったけど、ネグレクト気味だったし、高卒で就職することにしたんだ。貧乏で進学は厳しくて」
私のほうをまっすぐ見て照れながらも説明を始めた。
「最初は、良き相談相手の年下の女の子だと思っていた。でも、俺の高校は緒二子ちゃんの中学校のすぐ近くで、話しかけようとしていたんだけど、現実は難しくてね。緒二子ちゃんが高校に進学した時も知っていたんだけど、だんだん話しかける理由も見つからなくて。緒二子ちゃんの高校に大規模にうちの会社の求人を出してもらったんだ」
「今まで大手の影山財閥系からの求人はなかったからちょっとびっくりしたんだよね。この高校からたくさん取ります、みたいなポスターは見かけたよ。今って高卒の就職希望者も少ないから、すぐ今の会社を紹介してもらえたんだよね。私は普通の家庭に憧れて結婚しようと思っていたの。でも、結局幸せな結婚とは程遠い相手と婚約していたんだよね」
「入社後もずっと話しかけられなくて、同じ部署じゃなかったし。このまま結婚しちゃったらどうしようって思ってた。偶然にも二人はうまくいってなくて、俺が同居を持ち掛けてしまったんだ。こんなに長い間、あなたのことを勝手に思っていてごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「だって、俺が人を好きになるのは罪だと思うから。俺はずっと親に虐げられた生活を送っていたんだ」
「あんなに立派なおうちなのに?」
「仕事ばかりの両親からみると俺は不出来な息子だった。俺は意気地なしでおとなしくて経営者向きじゃない。でも一人っ子だから俺が跡継ぎになることになる。だから、必要以上に勉強をさせたり、習い事をさせられてきた。結局自分の思い通りになる子供がほしかったんだ。学生時代は楽しいことは犠牲にしてきたんだ」
「もしかして、あの勉強部屋はやっぱり、親が監禁してたの?」
「あの部屋、見つけたの?」
「ごめん。ちょうど空いていて、少しのぞいたらたくさんの参考書が置いてあって。鍵が外側にあったから、もしかして無理やり勉強させられてたのかなって。公園の眼鏡のお兄さんとその部屋を見て重なったの」
眼鏡のお兄さんは家に帰ると勉強部屋に監禁されて、無理やり娯楽を奪われると言っていた。
スマホも取り上げられ、音楽もない部屋でただひたすら参考書に向き合う。
窓も小さなものが天井のほうにあるだけで、月を見ることが癒しだと言っていた。
「じゃあ、俺が少女漫画を一種類しか持っていないとか、CDやDVDも特定の物しかないってことも知ってしまったかな。少女漫画全般好きってことが嘘ってこともばれちゃったな」
「あれ、私がSNSで紹介していたマイブームの漫画とか音楽とか映画だったから」
「ストーカーみたいで、気持ち悪いよね。他にも色々見ちゃったかな?」
「写真とか……」
「……」
無言の時間が長く感じられた。
見て見ぬふりが一番だったのだろうか。
「ごめんなさい。ただ、公園で会った時の緒二子ちゃんとまた話したくて。ずっと友達もいなかったし。写真なんか撮って本当にごめんなさい」
丁寧にお辞儀をされた。
「気持ち悪いって思われるかもしれないけど、いつかちゃんとまた話をしたかったんだ。ただどう接したらいいかわからなくて」
「別にいいよ。私、愛って重いくらいがちょうどいいんだよね。公園にいた眼鏡のお兄さんなら許すよ。こんなに優しくて思いやりがあるんだから、きっといい経営者になるよ」
「俺のこと殴っていいから。それに、経営者になるには弱点だと親はいつも俺を怒鳴っていた。殴られた時もあった。もっとてきぱきと論理的に物事をすすめられないとだめだって。恋愛でもこんな感じだから」
人格を否定されて育った子供は自己肯定感が低くなる。
そんな話を聞いたことがあったように思う。
恋愛に対しても自己肯定感が低いんだ。
それはとても悲しいような気がした。
こんなにちゃんと仕事もしていて、かっこいい人なのに。
人を好きになるのは罪だなんておかしいよ。
殴っていいなんて。どうしてそんなこというんだろう。
「私と一緒にこの家を出て生活しない? 私なら全力の愛であなたを支えることができると思う。私もね、眼鏡のおにいさんが初恋の人だったから。ずっと探していたけど名前も知らないし、顔も変わったかもしれない。探しようがなかった」
「名字も名前も目立つし。嫌で名乗りたくなかったんだよね」
「私は、真の王様ってことでいい名前だと思うよ。経営者には優しさと穏やかさが必要だって思うんだよね」
「俺が初恋の人って本当なの?」
驚きながらも彼は確認してきた。
「本当だよ。いつも公園のブランコで一緒に話したお兄さん。一年くらいはよく話してたよね」
「いじめられてるような男、嫌じゃない? 愛が重いって自覚はあるし……」
「心の痛みがわかる人っていいと思う。私は一緒に泣ける人がいいと思うんだ。愛は重いくらいがちょうどいいよ」
親から愛情を受けなかった私には重い愛がちょうどいい。
彼以外もう好きになれない。
「婚約してた彼氏どうしよう?」
ふと思い出した。彼は探していて、会社にも連絡は来ていた。
「相手には弁護士経由で連絡しようかと思って」
「弁護士?」
「うちには専属弁護士がいるから。DVをしていたことで婚約を破棄するということを文章で送ってもらう」
穏やかな顔をして、ちゃんと色々対策を考えているんだな。
経営者になる素質があるんだと思う。しっかりしていると感じた。
当時は四歳年上の高校一年生だということしかわからなかった。
高校の制服で、私立の超進学校で有名な中高一貫校だということは後で知った。
でも、私がその高校に入ることは不可能だし、私が入学するころには卒業している。
人生の歯車でかみ合うことのない人だと思った。
もし、名前を知っていたら、きっとネットで検索していたと思う。
それってストーカー?
気になれば誰だって検索くらいはすると思う。
会いたくてももう会えないと思っていた人。
ずっと心の隅にいた初恋のおにいさんが目の前の真王だった。
「これから、二人で生活を始めてみませんか。改めて、好きです。よろしくお願いします」
お辞儀をされる。
だいぶ固い告白だと思ったけど、地味な育ちのいい彼らしい告白だ。
誠実で一途で優しい人。
こんな人と一緒に暮らせたら、幸せな家庭を築けるのかな。
「はい。よろしくお願いします」
好きになったのは――愛の表現が不器用で愛が重い人。
悪い言い方をすると隠れストーカー。
言い方を変えると一途で優しい人だった。
ずっと想い続けていた一途な重い愛はストーカーとも言えるかもしれない。
でも、まっすぐで純粋な愛でもあった。
全てが揃い、時間が経てば信頼という形のないものが組み立てられる。
良くも悪くもすぐに人を信じるタイプ。
だから、婚活を始めてすぐに出会った今の彼氏と同棲した。彼の本性はすぐに現れた。
それからは落ち着く日はなかった。
こんなに穏やかな気持ちで過ごせたのは久しぶりだ。
本当にドキドキしながらの穏やかな日が過ぎた。
相変わらず仕事をしながら、大きなお屋敷で何不自由なく暮らす。
絵本で見たシンデレラのような日常だった。
社長はほとんど家にいないため、一人暮らしの御曹司がお手伝いさんを雇っているというような構図となっていた。
寝る場所と料理を無条件で提供される。
献身的な真王に対して、私の心と胸が熱くなっていた。
「今夜は一緒にいてください。彼氏が探しているかもしれない。でも、もう帰りたくない」
涙を流しながら訴える。
心が壊れかけていた。会社に行くのも彼氏が怖くて真王の専属運転手の車で行っていた。
下手に外出すると見つかる危険がある。
真王はいつも一緒に出勤して退勤してくれた。
仕事中ですら真王に会えないことがなにより辛くなっていた。
彼といると安心する。
「もちろんずっとここにいてもいいよ。もちろん、寝る場所は別の部屋だから安心して」
優しい人だ。
会社では地味な社員として偽名で若手社員として働く。
地味ながら確実に丁寧に仕事をする人だった。
品がありきれいで優しい華やかな人だ。
女子社員たちは好意的な目で見ていた。
もちろん御曹司なんて知らないけど、彼のイケメンぶりは目立っていた。
別の部屋で寝るから、安心して、という言葉にがっかりした自分に気づく。
一緒の部屋で、一緒の布団で眠りたい。そう思っていた。
「真王くんのこと、教えてほしいな」
「話すことなんて何もないよ」
やはりどこか影がある。
「じゃあ、私の話を聞いてよ」
「もちろん」
真王は緒二子の一番になるために懸命に尽くしていた。
それはまるで合法的な誘拐犯となるかのように。
一緒に映画を観ることも増えた。
自分と音楽や映画の趣味が合っていた。
余命系の映画は彼は何度も観たらしく、小説の原作との違いなどの感想を言い合った。
しかも私が好きな少女漫画を彼はなぜか読んでいて、非常に詳しかった。
話が合うな、運命とはこういう人なのかもしれない。
簡単に運命なんていう言葉を信じるのは私の悪い癖だ。
婚約した彼とも運命だと思ったのに、結局彼は暴力行為を行っていただけだった。
真王が好きだ。私の心は完全に奪われた。
あんなに紳士的で優しい彼のことを慕わずにはいられなかった。
あるのは真王への忠誠と愛情だった。
ある時、ふと奥の部屋を見つけた。
ここは、昔真王が勉強させられていた監禁部屋のように思われた。
外から鍵がかけられる使用になっていた。
普通は内側に鍵がついているはずなのに。
こんな感じの監禁勉強部屋の話をしていた眼鏡のお兄さんを思い出した。
小学生の頃の初恋の人。
どこか寂し気で影のある人。
名前も知らないまま終わった恋。
今思えば、お互いが慰めあう関係だった。
勉強机に辞書、図鑑、資料集などが大量に置いてある。
小学校時代から大学の頃に使っていた部屋なのかもしれない。
奥行きはあり、本の数はちょっとした図書館のようだった。
すべてが勉強の本。何やら難しい本ばかりだった。
抜け出せないような小さな窓は天井近くにあり、薄暗い。
難しい経営学やビジネス書も並んでいた。
たくさんの努力の証のようにも思えた。
きっと努力家なのだろう。
この日は会社の上層部の会議があり、真王は隠れて社長の息子として参加することとなっていた。
もしかしたら、この部屋にプライベートな物はしまっているのかもしれない。
ドキドキしていた。
でも、こんなことがばれたら嫌われるかもしれないと、扉を開けることをためらってしまう。
彼はあまり自分を見せない。
だから、知りたい。
その部屋の引き出しには社内で撮られたと思われる私の写真があった。
普通ならば気持ち悪いと感じるかもしれない。
一瞬固まったのはある。
隠し撮りされているものだった。
遠方から撮ったようで、緒二子が気づいていない写真ばかりだ。
中学生の頃の私もいる。高校生の私もいる。
写真には遠目から見ただいぶ昔の自分が収まっていた。
そんなに前から私を見ていたの?
どこで知ったのだろう?
なぜ?
これは、片思いされていたのだろうか?
言い方が悪いが、ストーカーなのかもしれないと思う。
出会った日もタイミングが良すぎる。
難しい書籍の中になぜか私が好きな少女漫画が置いてある。
私が好きな映画のDVDや歌手のCDや小説も置いてあった。
これは彼が偶然好きだったわけではなく、私が好きなものを買っていた?
映画は余命系の泣けるものが好きだとSNSに投稿したことがある。
原作小説も私が好きな物として投稿していた。
音楽も今はまってるアーティストとしてこの歌手をあげていた。
少女漫画も映画も自分のSNSに投稿したものばかり。
きっと私の名前を調べて知っていたのだろう。
これは、不器用なこじらせた性格なのだろうか。
ストレートに告白してもらったら快諾したと思う。
これは、ストーカーと言ってもいいのだろうか。
愛が重いととらえたらいいのだろうか。
でも、彼はずっと一途に愛してくれていた。
でも、いびつな愛しか知らない私は心が浮かれてしまっていた。
これは、自分を愛してくれていたという証拠だ。
そう思うと一層彼のことが愛おしく感じた。
真王はずっと一途に思っていてくれた。ずっと気に留めてくれていた。
そのことを確認したいと思い、就寝前に会議から帰宅した彼の部屋を訪れた。
「真王君は私のこといつから知ってたの?」
「会社の入社試験だよ」
「いつから私を見ていてくれたの?」
「何の話?」
「好きでもない私にこんなに丁寧に扱うことは普通はないでしょ。もっと前から知っていたんじゃない?」
「……」
顔が真っ赤になり、不器用さが顕著に表れる。
「ずっとしゃべってみたいと思っていたんだよ。でも、タイミングがなくて。偶然、あの日、彼氏に怒鳴られているのを聞いて、助けたいって思ったんだ」
「偶然? 私の住所知っていたんじゃない? 社長の息子だから、色々調べられると思うし」
「ストーカーとかそういうつもりじゃないんだけど、彼氏の怒鳴り声がひどいとか噂になっていた。頬にあざがあったり、心配な時も多くて。同じ会社にいても、話しかけられない。情けないよな。なんとか助けたくて、緒二子ちゃんの彼氏にわかれてほしいとお金を渡そうとしたが、拒否されてしまった」
無言になる。
頬を赤らめ、困った顔をする。
「善意で助けたいと思って、あの付近にいたのは確かだよ。いつも、彼が帰ってくると怒鳴り声が聞こえるのはこのあたりでは有名だったから」
「もっとちゃんとした形で声をかけてほしかった。ちゃんと話してくれたら、婚活もしなかったし、あなたを好きになれたと思う」
「こんな奴、もう好きになれないよね」
真王は相変わらずネガティブ思考だ。
「でも、こうやって助けてくれた恩人だから嫌いじゃない。あなたには勇気が足りないんじゃないかと思うの」
うじうじしていて、でも、一途でまっすぐで、大切にしてくれる人。
告白してほしい。
「まだ私、告白されてないんだけど」
「俺に告白するような資格はないよ」
ストーカーまがいののくせに、何を言ってるの?
ここはチャンスじゃないの?
告白しないなんて。
「俺、自分に自信がないんだ」
「顔立ちもきれいな塩顔だし、スタイルもいいし、仕事もできるでしょ」
「そうなの?」
彼は容姿に反して女子に人気があるという自覚がないようだ。
「性格は昔からおとなしいというか暗いし、目立つことはできなかった。ただ親の七光りと言われていたから、お金目当ての女子が近づいてくるくらい。だから、偽名で会社に在籍したんだ。目は一重で細いし、暗いから自信が持てないよ」
すごくネガティブな発想だ。
こんなに恵まれた環境と容姿なのに。
「女子に小学生の時からいじめられたりすることが多くて、いじめてくる女子にバレンタインチョコを渡されたんだけど、何か悪いものが入ってるんじゃないかと怖くなって捨てたんだ。それを見て女子に激怒されたこともあったな」
「それって、好きな男子をいじめていたとかそういうパターンじゃない? 思い切って告白してみたけど、チョコレートを捨てられて怒ったとか」
「その発想はなかったな。小学生の頃、俺の体は平均より小さかったから背の高い女子が怖かったのはあったよ」
「中学の時も女子がからかってきて、ある時、罰ゲームで告白してきたらしいんだけど、怖くなって先生に言ったんだよ。そうしたら、学級会で問題になって、それから一言もしゃべらないで卒業したこともあったな。女子もそれ以来罰ゲームで告白なんてしなくなったしね」
これは、本気の女子がフラれたと思い、他の女子も学級会で自分の告白をみんなに知られたくないのでは。
「もしかして、罰ゲームじゃなかったんじゃない? 学級会で問題になるなら、誰も告白しなくなる流れだよね」
びっくりした顔をする。そういう発想はないらしい。
「高校の時、男子からのいじめがひどくなって、その時に近所の小学六年生の女の子が話を聞いてくれたんだ。自分より小さいし、優しい女の子だった。名前を聞いたんだけど、緒二子って言っていたんだよね。ずっとその子のことは気になっていたんだけど、それっきり会えなくなって」
「私、子供の頃、この辺に住んでたかも。中学生になって引っ越したんだけど」
「ネットで検索したんだけど、中学校で絵画展で賞をとったとかそういう情報から、中学校を知っていたんだ。ごめん勝手に調べたりして。その後も、緒二子ちゃんのSNSを見つけて時々見てた。本当にごめん」
申し訳なさそうにされてしまった。
それは初耳だ。私はたしかにこのあたりの公園で高校生の眼鏡のおにいさんと話をしたことがあった。
いじめられていた話もしていて、私も悩みを相談していた。
眼鏡をかけていてもイケメンなのは変わらなかった。
ただ幸が薄そうで、あまり元気なイメージではなく、影があるなとは思っていた。
御曹司のイメージとは程遠い感じがしていた。
「私は、その当時、親からいじめられていたんだ。家庭が混沌としていた時期に両親が離婚して、一応母親が引き取ったけど、ネグレクト気味だったし、高卒で就職することにしたんだ。貧乏で進学は厳しくて」
私のほうをまっすぐ見て照れながらも説明を始めた。
「最初は、良き相談相手の年下の女の子だと思っていた。でも、俺の高校は緒二子ちゃんの中学校のすぐ近くで、話しかけようとしていたんだけど、現実は難しくてね。緒二子ちゃんが高校に進学した時も知っていたんだけど、だんだん話しかける理由も見つからなくて。緒二子ちゃんの高校に大規模にうちの会社の求人を出してもらったんだ」
「今まで大手の影山財閥系からの求人はなかったからちょっとびっくりしたんだよね。この高校からたくさん取ります、みたいなポスターは見かけたよ。今って高卒の就職希望者も少ないから、すぐ今の会社を紹介してもらえたんだよね。私は普通の家庭に憧れて結婚しようと思っていたの。でも、結局幸せな結婚とは程遠い相手と婚約していたんだよね」
「入社後もずっと話しかけられなくて、同じ部署じゃなかったし。このまま結婚しちゃったらどうしようって思ってた。偶然にも二人はうまくいってなくて、俺が同居を持ち掛けてしまったんだ。こんなに長い間、あなたのことを勝手に思っていてごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「だって、俺が人を好きになるのは罪だと思うから。俺はずっと親に虐げられた生活を送っていたんだ」
「あんなに立派なおうちなのに?」
「仕事ばかりの両親からみると俺は不出来な息子だった。俺は意気地なしでおとなしくて経営者向きじゃない。でも一人っ子だから俺が跡継ぎになることになる。だから、必要以上に勉強をさせたり、習い事をさせられてきた。結局自分の思い通りになる子供がほしかったんだ。学生時代は楽しいことは犠牲にしてきたんだ」
「もしかして、あの勉強部屋はやっぱり、親が監禁してたの?」
「あの部屋、見つけたの?」
「ごめん。ちょうど空いていて、少しのぞいたらたくさんの参考書が置いてあって。鍵が外側にあったから、もしかして無理やり勉強させられてたのかなって。公園の眼鏡のお兄さんとその部屋を見て重なったの」
眼鏡のお兄さんは家に帰ると勉強部屋に監禁されて、無理やり娯楽を奪われると言っていた。
スマホも取り上げられ、音楽もない部屋でただひたすら参考書に向き合う。
窓も小さなものが天井のほうにあるだけで、月を見ることが癒しだと言っていた。
「じゃあ、俺が少女漫画を一種類しか持っていないとか、CDやDVDも特定の物しかないってことも知ってしまったかな。少女漫画全般好きってことが嘘ってこともばれちゃったな」
「あれ、私がSNSで紹介していたマイブームの漫画とか音楽とか映画だったから」
「ストーカーみたいで、気持ち悪いよね。他にも色々見ちゃったかな?」
「写真とか……」
「……」
無言の時間が長く感じられた。
見て見ぬふりが一番だったのだろうか。
「ごめんなさい。ただ、公園で会った時の緒二子ちゃんとまた話したくて。ずっと友達もいなかったし。写真なんか撮って本当にごめんなさい」
丁寧にお辞儀をされた。
「気持ち悪いって思われるかもしれないけど、いつかちゃんとまた話をしたかったんだ。ただどう接したらいいかわからなくて」
「別にいいよ。私、愛って重いくらいがちょうどいいんだよね。公園にいた眼鏡のお兄さんなら許すよ。こんなに優しくて思いやりがあるんだから、きっといい経営者になるよ」
「俺のこと殴っていいから。それに、経営者になるには弱点だと親はいつも俺を怒鳴っていた。殴られた時もあった。もっとてきぱきと論理的に物事をすすめられないとだめだって。恋愛でもこんな感じだから」
人格を否定されて育った子供は自己肯定感が低くなる。
そんな話を聞いたことがあったように思う。
恋愛に対しても自己肯定感が低いんだ。
それはとても悲しいような気がした。
こんなにちゃんと仕事もしていて、かっこいい人なのに。
人を好きになるのは罪だなんておかしいよ。
殴っていいなんて。どうしてそんなこというんだろう。
「私と一緒にこの家を出て生活しない? 私なら全力の愛であなたを支えることができると思う。私もね、眼鏡のおにいさんが初恋の人だったから。ずっと探していたけど名前も知らないし、顔も変わったかもしれない。探しようがなかった」
「名字も名前も目立つし。嫌で名乗りたくなかったんだよね」
「私は、真の王様ってことでいい名前だと思うよ。経営者には優しさと穏やかさが必要だって思うんだよね」
「俺が初恋の人って本当なの?」
驚きながらも彼は確認してきた。
「本当だよ。いつも公園のブランコで一緒に話したお兄さん。一年くらいはよく話してたよね」
「いじめられてるような男、嫌じゃない? 愛が重いって自覚はあるし……」
「心の痛みがわかる人っていいと思う。私は一緒に泣ける人がいいと思うんだ。愛は重いくらいがちょうどいいよ」
親から愛情を受けなかった私には重い愛がちょうどいい。
彼以外もう好きになれない。
「婚約してた彼氏どうしよう?」
ふと思い出した。彼は探していて、会社にも連絡は来ていた。
「相手には弁護士経由で連絡しようかと思って」
「弁護士?」
「うちには専属弁護士がいるから。DVをしていたことで婚約を破棄するということを文章で送ってもらう」
穏やかな顔をして、ちゃんと色々対策を考えているんだな。
経営者になる素質があるんだと思う。しっかりしていると感じた。
当時は四歳年上の高校一年生だということしかわからなかった。
高校の制服で、私立の超進学校で有名な中高一貫校だということは後で知った。
でも、私がその高校に入ることは不可能だし、私が入学するころには卒業している。
人生の歯車でかみ合うことのない人だと思った。
もし、名前を知っていたら、きっとネットで検索していたと思う。
それってストーカー?
気になれば誰だって検索くらいはすると思う。
会いたくてももう会えないと思っていた人。
ずっと心の隅にいた初恋のおにいさんが目の前の真王だった。
「これから、二人で生活を始めてみませんか。改めて、好きです。よろしくお願いします」
お辞儀をされる。
だいぶ固い告白だと思ったけど、地味な育ちのいい彼らしい告白だ。
誠実で一途で優しい人。
こんな人と一緒に暮らせたら、幸せな家庭を築けるのかな。
「はい。よろしくお願いします」
好きになったのは――愛の表現が不器用で愛が重い人。
悪い言い方をすると隠れストーカー。
言い方を変えると一途で優しい人だった。
ずっと想い続けていた一途な重い愛はストーカーとも言えるかもしれない。
でも、まっすぐで純粋な愛でもあった。



