「これも何かの縁ですよね。仲良くしてください」
目をキラキラさせてニッコリと微笑む。少し首を傾けるのも忘れない。
極上の笑顔を向けられた三山家の御曹司は、顔を赤らめているではないか! 自慢じゃないが、杏奈はそこそこカワイイほうだと思う。笑えば2割マシで可愛くなるから、今この瞬間杏奈の可愛さは100%超えているかもしれない。
しかも英国式なのか知らないが、右手まで差し出してきた。
ボディタッチは相手を意識するきっかけになりやすいと昨夜ネットで調べた恋愛テクニックに書いてあった。杏奈はここぞとばかりに御曹司の手を握り、力をこめたり緩めたりしてみた。上目遣いも、首をかしげるのも、にこにこ笑うのも、ネットにあったテクニックをフル稼働させた。
今思い出しても、御曹司は明らかに動揺していた。
三山財閥の御曹司、三山タイシ。いけすかない金持ちタイプだったらどうしようかと思っていたけど、純粋そうでいい人っぽい。それに背も高くて細身で色白。切れ長の目も気品ただよう感じ。
全然アリじゃない? 佐藤杏奈の胸は高鳴っていた。
ただ、三山タイシの横にいたもう一人の男子学生は冷ややかな目で杏奈を見ていたっけ。田鍋とか言ってたような。三山タイシより背が高くて肩幅も広くて、目鼻立ちがはっきりしてるけど、ちょっと怖い感じ。御曹司のボディガード? 用心しておく人物リストに入れておこう。
話は一週間前にさかのぼる。
A組のクラスメートだったゆりぴょんから、三山財閥の御曹司が秀礼学園高等部に編入して来るという話を聞いた。表向きは日本の大学への進学準備だけど、本当の目的は婚約者探しだという噂。そして婚約者になれれば支度金として1億円がもらえるというのだ。
ゆりぴょんの話は噂に過ぎない。でもゆりぴょんにはS組に通う遠い親戚がいるらしく、金持ち同士の情報にはかなり信ぴょう性がある。
杏奈は今、3カ月以内に5千万円の借金を返さなければ、家を追い出されてしまう立場だ。杏奈自身に借金を返済する義務はなくとも、自宅が抵当に取られているのだから、家を手放したくなければお金を返すしかない。借金取りは杏奈たち妹弟が秀礼学園を退学すれば、その学費で新しい住まいを借りられると言っていたが、それは最後の手段だと思う。それに連絡のつかない両親を待つためにも、やっぱりこの家をまだ離れるわけにいかない。
だったら一か八か、ゆりぴょんの話に賭けてみるしかない。
「S組にいるゆりぴょんの親戚って、なんて名前?」
とりあえず何かとっかかりを探そうと、質問を投げてみる。
「それはねえ、言えない。うちなんかと親戚って知られたら恥ずかしいんだって」
「……へえ」
ゆりぴょんの父親は大きな会社の取締役だと聞いた覚えがあるけど、それでも格下扱いなの?S組に通うのはやっぱり普通のお金持ちじゃないのだ。
「御曹司が編入してきても、ウチらには関係ないかあー」
ゆりぴょんがおどけて言う。
たしかに、同じ学園に通っていてもS組とA組じゃ交流なんてほとんどない。でもそれじゃ困る! なんとかしてS組とつながらなくちゃ! 杏奈は思案を始めた。
杏奈は職員室に来ていた。
S組とA組は校舎すら違うが、授業を受け持つ教師は同じはずだ。杏奈は一番口が軽そうな英語教師に勉強の相談をするという口実で、放課後職員室にやってきたのだ。
「ほう、佐藤さんは留学に興味があるのか」
「はい、できれば英国に行ってみたいです」
「グッドチョイス! 私も学生時代にロンドンに行ってね、いやあ素晴らしい所ですよ、毎晩パブに行って……」
英語教師の思い出話につきあっている暇はない。杏奈はズバリ、S組に話題を誘導していく。
「先生、S組の人でイギリス留学経験がある人はいませんか?」
「S組?」
英語教師の顔に、用心深い懸念が浮かぶ。
「はい、A組だとオーストラリアやカナダに留学した人しかいなくって。私、イギリスの最新事情が知りたいんです」
「なるほどねえ……だったら去年のA組の卒業生で今ロンドンにいる子がいるよ。連絡してみるかい?」
「……そうですか。じゃあ連絡したくなったらまた来ます」
はあ、失敗。
でもまだまだあきらめない。次は世界史の先生でもあたってみるか。
杏奈が職員室をキョロキョロしていた時。
「副校長、3年S組の日下部さんのお母様がお見えです」
「すぐ行きます」
副校長が身だしなみを整えると、職員室を出て行った。
チャンス!
すかさず杏奈も後を追う。
S組保護者用の特別応接室の外で、杏奈は聞き耳を立てている。
「ですから留年なんて困るんです! 主人になんて言えばいいか。こんなこと言いたくありませんけど、我が家はこの学園に相当の寄付をしているはずですよ、何とかなりませんの?!」
「ですがお嬢さまが学園に来ないままでは……」
「あなたがたが働きかけないからでしょう」
「私共の努力が足りていないのだと思いますが、もしよければご家庭のほうでも……」
「なあに、わたくしが悪いとでも?」
「いえいえいえ、日下部様、決してそのようなことは……」
「あのォ……」
突然入ってきた杏奈に、副校長、S組担任の門倉先生、そして日下部家のお母様が驚いている。
「なんだ君は。出て行きなさい」
門倉先生が立ち上がった。でも杏奈はひるまず
「私がやります! 私が日下部さんを学園に呼び戻します!」一気に言った。
「君が?」
「はい」
杏奈は日下部家の母に向かって訴える。
「娘さんはきっと、学校を休んでいるうちに登校しづらくなってしまっただけだと思います。だから私が学校であったことをお話したり、授業の進み具合を教えたりすれば、学校に来てみようとって思うんじゃないでしょうか」
「君ねえ、そんな簡単な話じゃないんだよ。私たちだって手は尽くしているんだ」
「うまくいっていないのは先生だからです。日下部さんに必要なのは同性の友人です!」
「君、失礼だぞ」
「いいえ、そちらのお嬢さんのお話にも一理あるわね。先生に言われるより、クラスメートに話してもらう方が、娘も心を開くかもしれないわ」
日下部家の母親が興味を示した。ヨシ、もう一押し!
「いやしかし、君は……S組じゃないだろう」
門倉先生の言葉に、場の空気が冷えていく。杏奈が着ているのは一般生徒用の制服で、S組生徒とは制服も違うのだ。
日下部家の母親の杏奈を見る目も怪訝なものに変わっていく。
杏奈は気持ちを奮い立たせる。
「3か月……いえ1か月でいいです。私をS組に編入させてください。そうしたら必ず娘さんを学園に来させます」
「何をばかな」
門倉先生があきれるのを無視して
「留年だけはさせたくないんですよね?!」
杏奈は日下部家の母親の目を見つめた。
これは賭けだ。神様、どうか私にチャンスをください!
「あなた、名前は?」
「3年A組の佐藤杏奈です」
日下部家の母は無遠慮に杏奈を見つめた。
「わかりました。副校長、彼女を1か月、S組に編入させてあげてください」
「ええ?!」
「1か月ぐらい、どうにかできるでしょう? 娘が留年することなく学園を卒業できたら、主人はさらに多額の寄付をすると思いますよ」
副校長が思案顔になり……
「佐藤杏奈さん、日下部家のお嬢さんも必ず学園に来させてください」と言った。
「はい!」
やった! これでS組に堂々と潜入できる! 三山財閥の御曹司のクラスメートになれる!
杏奈は心の中で飛び上がった。
そしてS組編入の日の朝に話は戻る。
S組生徒用の制服を日下部雪華の母に貸してもらった杏奈は、初登校にそわそわしていた。
廊下で待っているように言われたが、門倉先生がS組用応接室に入っていくのを見て、勘が働いた。
まさか同じ日に、三山財閥の御曹司も編入して来るなんて! ツイてる!
そのあとは冒頭の通りだ。
杏奈は顔を赤らめた三山タイシを見ながら、心に決めた。
御曹司の心をつかんで自分の虜にするのだ。恋は盲目と言うではないか。親の失踪や借金問題がバレる前に、一気に婚約まで持ち込んでしまえば私の勝ち。1億円もらったら5千万円の借金を返す。そのあとは事情を話して残りのお金を返し、婚約破棄でもなんでも受け入れよう。
ただ……1つだけ問題がある。
それは杏奈自身に恋愛経験がないということだ。
でも大丈夫、ネットの恋愛テクニックで今日も大成功した。きっとこのままうまくやれる……はずだ。なんだかお腹が痛いけど、大丈夫、がんばれ私!
目をキラキラさせてニッコリと微笑む。少し首を傾けるのも忘れない。
極上の笑顔を向けられた三山家の御曹司は、顔を赤らめているではないか! 自慢じゃないが、杏奈はそこそこカワイイほうだと思う。笑えば2割マシで可愛くなるから、今この瞬間杏奈の可愛さは100%超えているかもしれない。
しかも英国式なのか知らないが、右手まで差し出してきた。
ボディタッチは相手を意識するきっかけになりやすいと昨夜ネットで調べた恋愛テクニックに書いてあった。杏奈はここぞとばかりに御曹司の手を握り、力をこめたり緩めたりしてみた。上目遣いも、首をかしげるのも、にこにこ笑うのも、ネットにあったテクニックをフル稼働させた。
今思い出しても、御曹司は明らかに動揺していた。
三山財閥の御曹司、三山タイシ。いけすかない金持ちタイプだったらどうしようかと思っていたけど、純粋そうでいい人っぽい。それに背も高くて細身で色白。切れ長の目も気品ただよう感じ。
全然アリじゃない? 佐藤杏奈の胸は高鳴っていた。
ただ、三山タイシの横にいたもう一人の男子学生は冷ややかな目で杏奈を見ていたっけ。田鍋とか言ってたような。三山タイシより背が高くて肩幅も広くて、目鼻立ちがはっきりしてるけど、ちょっと怖い感じ。御曹司のボディガード? 用心しておく人物リストに入れておこう。
話は一週間前にさかのぼる。
A組のクラスメートだったゆりぴょんから、三山財閥の御曹司が秀礼学園高等部に編入して来るという話を聞いた。表向きは日本の大学への進学準備だけど、本当の目的は婚約者探しだという噂。そして婚約者になれれば支度金として1億円がもらえるというのだ。
ゆりぴょんの話は噂に過ぎない。でもゆりぴょんにはS組に通う遠い親戚がいるらしく、金持ち同士の情報にはかなり信ぴょう性がある。
杏奈は今、3カ月以内に5千万円の借金を返さなければ、家を追い出されてしまう立場だ。杏奈自身に借金を返済する義務はなくとも、自宅が抵当に取られているのだから、家を手放したくなければお金を返すしかない。借金取りは杏奈たち妹弟が秀礼学園を退学すれば、その学費で新しい住まいを借りられると言っていたが、それは最後の手段だと思う。それに連絡のつかない両親を待つためにも、やっぱりこの家をまだ離れるわけにいかない。
だったら一か八か、ゆりぴょんの話に賭けてみるしかない。
「S組にいるゆりぴょんの親戚って、なんて名前?」
とりあえず何かとっかかりを探そうと、質問を投げてみる。
「それはねえ、言えない。うちなんかと親戚って知られたら恥ずかしいんだって」
「……へえ」
ゆりぴょんの父親は大きな会社の取締役だと聞いた覚えがあるけど、それでも格下扱いなの?S組に通うのはやっぱり普通のお金持ちじゃないのだ。
「御曹司が編入してきても、ウチらには関係ないかあー」
ゆりぴょんがおどけて言う。
たしかに、同じ学園に通っていてもS組とA組じゃ交流なんてほとんどない。でもそれじゃ困る! なんとかしてS組とつながらなくちゃ! 杏奈は思案を始めた。
杏奈は職員室に来ていた。
S組とA組は校舎すら違うが、授業を受け持つ教師は同じはずだ。杏奈は一番口が軽そうな英語教師に勉強の相談をするという口実で、放課後職員室にやってきたのだ。
「ほう、佐藤さんは留学に興味があるのか」
「はい、できれば英国に行ってみたいです」
「グッドチョイス! 私も学生時代にロンドンに行ってね、いやあ素晴らしい所ですよ、毎晩パブに行って……」
英語教師の思い出話につきあっている暇はない。杏奈はズバリ、S組に話題を誘導していく。
「先生、S組の人でイギリス留学経験がある人はいませんか?」
「S組?」
英語教師の顔に、用心深い懸念が浮かぶ。
「はい、A組だとオーストラリアやカナダに留学した人しかいなくって。私、イギリスの最新事情が知りたいんです」
「なるほどねえ……だったら去年のA組の卒業生で今ロンドンにいる子がいるよ。連絡してみるかい?」
「……そうですか。じゃあ連絡したくなったらまた来ます」
はあ、失敗。
でもまだまだあきらめない。次は世界史の先生でもあたってみるか。
杏奈が職員室をキョロキョロしていた時。
「副校長、3年S組の日下部さんのお母様がお見えです」
「すぐ行きます」
副校長が身だしなみを整えると、職員室を出て行った。
チャンス!
すかさず杏奈も後を追う。
S組保護者用の特別応接室の外で、杏奈は聞き耳を立てている。
「ですから留年なんて困るんです! 主人になんて言えばいいか。こんなこと言いたくありませんけど、我が家はこの学園に相当の寄付をしているはずですよ、何とかなりませんの?!」
「ですがお嬢さまが学園に来ないままでは……」
「あなたがたが働きかけないからでしょう」
「私共の努力が足りていないのだと思いますが、もしよければご家庭のほうでも……」
「なあに、わたくしが悪いとでも?」
「いえいえいえ、日下部様、決してそのようなことは……」
「あのォ……」
突然入ってきた杏奈に、副校長、S組担任の門倉先生、そして日下部家のお母様が驚いている。
「なんだ君は。出て行きなさい」
門倉先生が立ち上がった。でも杏奈はひるまず
「私がやります! 私が日下部さんを学園に呼び戻します!」一気に言った。
「君が?」
「はい」
杏奈は日下部家の母に向かって訴える。
「娘さんはきっと、学校を休んでいるうちに登校しづらくなってしまっただけだと思います。だから私が学校であったことをお話したり、授業の進み具合を教えたりすれば、学校に来てみようとって思うんじゃないでしょうか」
「君ねえ、そんな簡単な話じゃないんだよ。私たちだって手は尽くしているんだ」
「うまくいっていないのは先生だからです。日下部さんに必要なのは同性の友人です!」
「君、失礼だぞ」
「いいえ、そちらのお嬢さんのお話にも一理あるわね。先生に言われるより、クラスメートに話してもらう方が、娘も心を開くかもしれないわ」
日下部家の母親が興味を示した。ヨシ、もう一押し!
「いやしかし、君は……S組じゃないだろう」
門倉先生の言葉に、場の空気が冷えていく。杏奈が着ているのは一般生徒用の制服で、S組生徒とは制服も違うのだ。
日下部家の母親の杏奈を見る目も怪訝なものに変わっていく。
杏奈は気持ちを奮い立たせる。
「3か月……いえ1か月でいいです。私をS組に編入させてください。そうしたら必ず娘さんを学園に来させます」
「何をばかな」
門倉先生があきれるのを無視して
「留年だけはさせたくないんですよね?!」
杏奈は日下部家の母親の目を見つめた。
これは賭けだ。神様、どうか私にチャンスをください!
「あなた、名前は?」
「3年A組の佐藤杏奈です」
日下部家の母は無遠慮に杏奈を見つめた。
「わかりました。副校長、彼女を1か月、S組に編入させてあげてください」
「ええ?!」
「1か月ぐらい、どうにかできるでしょう? 娘が留年することなく学園を卒業できたら、主人はさらに多額の寄付をすると思いますよ」
副校長が思案顔になり……
「佐藤杏奈さん、日下部家のお嬢さんも必ず学園に来させてください」と言った。
「はい!」
やった! これでS組に堂々と潜入できる! 三山財閥の御曹司のクラスメートになれる!
杏奈は心の中で飛び上がった。
そしてS組編入の日の朝に話は戻る。
S組生徒用の制服を日下部雪華の母に貸してもらった杏奈は、初登校にそわそわしていた。
廊下で待っているように言われたが、門倉先生がS組用応接室に入っていくのを見て、勘が働いた。
まさか同じ日に、三山財閥の御曹司も編入して来るなんて! ツイてる!
そのあとは冒頭の通りだ。
杏奈は顔を赤らめた三山タイシを見ながら、心に決めた。
御曹司の心をつかんで自分の虜にするのだ。恋は盲目と言うではないか。親の失踪や借金問題がバレる前に、一気に婚約まで持ち込んでしまえば私の勝ち。1億円もらったら5千万円の借金を返す。そのあとは事情を話して残りのお金を返し、婚約破棄でもなんでも受け入れよう。
ただ……1つだけ問題がある。
それは杏奈自身に恋愛経験がないということだ。
でも大丈夫、ネットの恋愛テクニックで今日も大成功した。きっとこのままうまくやれる……はずだ。なんだかお腹が痛いけど、大丈夫、がんばれ私!
