合理主義者な外科医の激情に火がついて、愛し囲われ逃げられない

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「ありがとうございました。お気を付けて」

「ああ」

 助手席から降りた鈴菜が車から離れたのを確認して、悠磨は静かに車を発進させた。彼女は軽く頭を下げてからもその場から動かずこちらを見送っていた。

「律義だな」

 バックミラーを見ながら呟いた悠磨は口の端をあげた。

 病院と血が嫌いな鈴菜が新郎役に選んだのが、数多くの手術をこなす心臓血管外科医だったという皮肉な現実も、慌てて弁解し、申し訳なさそうにしている彼女の様子もおもしろかった。

(久しぶりにちゃんと笑った気がするな)

 意図的に作った笑顔ではなく、楽しくて思わず笑ったなんていつぶりだろうか。

 悠磨は、高度な医療技術を誇る応際大学医学部付属病院の中でも難しい低侵襲手術という小さな切開で行う技術を用いて様々な心臓の手術をこなすドクターとして知られている。

 特に難易度の高い大動脈弁手術においては技術力の高さに全国から患者が集まるほどだ。

 悠磨の生きがいは仕事だ。代々医師を職業とする家に生まれ、当たり前のように医師の職を選んだが天職だと思っている。