合理主義者な外科医の激情に火がついて、愛し囲われ逃げられない

 彼なら新郎の礼服がさぞかし似合うだろう。定番のタキシードは間違いないし、高身長だからジャケット丈が長いフロックコートも綺麗なラインで着こなせるはず。

「あのっ」

 気づいたら、彼のニットの袖口を掴んでいた。

「私と結婚してくれませんか!」

 いままでひとりで抱えていた不安や、やるせなさをぶつけるようにお腹の底から声を出す。

 カウンターのむこうでガチャンと音がした。シェイカーを落としたマスターが目を限界まで見開いてこちら凝視しているが、お構いなく続ける。

「ふりだけでいいんです。結婚式と披露宴だけして、あとはいい感じに夫婦を装って頃合いを見て別れたことにしたいんです」

 彼は一瞬目を見開いたように見えたが、すぐに物珍しそうなものを見るようにこちらを見おろしてきた。

 見つめ合う状況になったのは三秒ほど。整った顔を見上げていた鈴菜はここでやっと我に返った。

(……え、私はいったいなにを言いだしてるの?)

 血の気が引く音と同時に酔いが醒める。初めて話す人にとんでもない絡み方をしているではないか。呆れさせるどころか怒らせてしまったかもしれない。