合理主義者な外科医の激情に火がついて、愛し囲われ逃げられない

 恋人だったころ一度だけ土谷をこの店に連れてきたことがある。好きな人に、自分の好きな場所を紹介したかったのだ。でも彼はこの店の良さを理解できず、『地味でぱっとしない店だな』と言ったきり足を運ぶことはなかった。

「本当に酷い男だな。その場でそれはぜんぶ私のアイディアです!って言えたらよかったのに。まあ、披露宴をぶち壊すなんて鈴菜ちゃんにはできないか」

 マスターは同情するように眉を下げている。

「無理ですね。きっと誰も信じてくれないないし、私が失うものが多すぎます……それにしても、あんなずるい男だったなんて」

 自分の見る目のなさに打ちひしがれ、カウンターに突っ伏しているとドアベルがカランと鳴った。入ってきたのは長身の男性だ。

「あー、いらっしゃい」

 マスターがゆるく声をかけるとその男性は無言で鈴菜の後ろを通り、勝手知ったる様子でカウンターの端の席に座った。