氷の王子は私に優しくしてくれます


 体育祭が終わって数週間後の休日。

 私は今、ものすごい緊張に襲われていた。

 「このあと、どうする?」

 そう私に話しかけるシルバーイケメン、南雲先輩。

 「どう…しましょうか」

 おかしい。こんなつもりじゃなかったんだけど…。


 事の発端は一時間ほど前まで遡る。

 今日は佳奈と二人で買い物に行こうと約束して家を出た。

 待ち合わせ場所はあの広い公園。

 久しぶりのお出かけだからと少しお洒落して待ち合わせ場所で待っていると、時間3分前に佳奈が来た。

 「ごめんー待った?」
 
 「ううん、こっちが早く来ちゃっただけ。まだ時間じゃないよ」

 車椅子になってから何があるかわからないからと早めに出るのが当たり前になった。

 だからこうして無事に目的地に着いたときはどうしても早くやってしまうのだ。

 焦ったーと胸を押さえる佳奈に微笑む。

 「じゃあ行こっか」

 私がタイヤに手をそえたときだった。

 「香坂」

 公園の中から名前を呼ばれた。

 「南雲先輩」

 最近見かけなかったから久しぶりに会った。

 今日の南雲先輩は私服で、カジュアルな服装がとても良く似合っていた。

 「先輩、おはようございます」

 隣にいた佳奈が挨拶する。

 それに先輩は会釈した。

 「これから出かけるの?」

 南雲先輩が聞く。

 「はい、買い物に行こうと思って」

 「そうか。今日は雰囲気違うな。いいじゃん、似合ってる」

 そっか、私も私服だった。

 「ありがとう、ございます。…あの、先輩も、すごく、お似合いです」

 なんだか目を見ていられなくて俯いた。

 顔が熱い。

 「あー、なんか私、やることがあった気がするー」

 佳奈が急に言った。

 「えっ、」

 「じゃあ瑞葉、また!」

 「ちょ、佳奈ー?」

 佳奈は私の言葉に止まることなく走って行った。

 どうしたんだろ…?

 ___ブブッ

 『お邪魔したら悪いから帰るね。明日、ちゃんと話聞かせてよー?』

 佳奈からのメッセージに心臓が跳ねた。

 違う、そんなんじゃない。
  
 南雲先輩はただの…ともだ、ち?

 いや、気にかけてくれる先輩なだけ。

 勘違いしてるよ…。

 そして、そこでふと南雲先輩がこっちをじっと見つめていることに気づく。

 そうだ、そんなことよりこの状況どうにかしないと。

 このままさよならって言って帰ればいい?

 いや、それだと変か?

 ……そして冒頭へ戻る。
 
 完全に予定がなくなった私はもうすることがない。

 じゃあ先輩を誘う?

 いや、それはちょっと…

 「せっかくだし、一緒にご飯でも行くか」

 「えっ!?」

 「押すぞ」

 先輩は私が返事をする前に車椅子を押し始めた。

 「俺がいつも言ってるとこでいい?」

 「あ、はい」

 反射的に返事をする。

 先輩の押し方は優しかった。

 揺れるよ、段差、曲がる。

 一つ一つ全部伝えてくれた。
 
 「あ、ここ、下り坂は…」

 私が言い切る前に先輩は後ろ向きになった。

 「大丈夫。後ろから降りることくらい分かってる」

 下り終えて方向転換。

 「もうすぐだから」

 先輩は行き先を詳しくは教えてくれなかった。

 こっちの方は初めてかも。

 ずっといる街なのにまだ行ったことがないところがあるのは不思議な気分だった。

 ゆっくり流れる風景を楽しむ。

 今日は曇ってるから眩しかったり暑すぎたりすることもなく、過ごしやすい。

 しばらくすると赤い屋根のお洒落な店が見えてきた。